駄菓子屋の思い出と浅草らしさをコラボ
仲見世通り沿いの浅草寺に程近いところにある『浅草ちょうちんもなか』はアイスもなか・あんこもなかの専門店だ。店先のショーケースには8種類のアイスが並び、好きなものを選んでもなかに挟んでもらう。
快活で明るい接客が印象的なご主人の山本さんは、2000年からこの場所で『浅草ちょうちんもなか』を営んでいる。それ以前は肌着などを扱う店だったそうだが、なぜもなかの店に?
きっかけはふたつある。ひとつは山本さんがこどもの頃に駄菓子屋で食べていたアイスもなかだ。バニラとあずきのアイスから好きなほうを選び、それをもなかに挟んでもらう。まさに今の『浅草ちょうちんもなか』の原型ともいえる。駄菓子屋のワクワク感に加えて、自分でアイスを選んだ楽しさが今も心に残っているのだという。
そしてもうひとつは、山本さんが当時まだ小さかったお子さんと旅先で食べたアイスクリーム。どこの観光地だったろうか。赤と黒のちょうちんの容器に入っていた1個300円のアイス。それが山本さんの中で浅草の雷門のちょうちんと重なった。何しろちょうちんといえば浅草のシンボルだ。
そしてこうも思ったそうだ。「容器まで全部食べられたらいいのに」。
「だって1個300円といえば、母目線から見たらなかなかの高級アイスだもの。容器がいくら立派でも、ゴミになってしまうのではね」。山本さんは言う。「もなかで挟めば全部食べられます。それにゴミも出ませんからね」。
20年以上前からゴミが出ないスタイルを続けているのだから、これはすごいことだ。近年はオリンピックの絡みもあり、浅草の観光客が増えてゴミ問題が深刻になっていたというから、なおさら時代の先を走っていたといえる。
繊細な食感と香りのこだわりもなか
アイスもなかは全部で8種類。紅いもや黒ごまなど定番の6種類のほか、季節メニューが2種類ある。筆者が店頭でいただいたのはきなこ340円。もなかのあいだにきなこアイスを挟んでもらう。
口に運ぶともなかの香ばしさがふっと香る。思った以上に薄いもなかだった。齧った歯触りも心地よく、パリパリと音を立てて割れた。濃厚なきなこアイスと軽い食感のもなかの相性は抜群で、冬なのにもうひとついけそうな気さえする。
もなかもアイスももちろん駄菓子屋のそれとは違う。大いにこだわっている。もなかの厚みもサンプルをあれこれ試した末、この薄さに決めたのだという。形はもちろん雷門のちょうちんだ。
そしてもなかに挟むアイス。「アイスは単体で美味しくても、もなかとの相性がいいかはまた別なんです。柑橘系よりも、乳脂肪分が多いものやコクのあるアイスが合いますね」。
メニューには、アイスのほかに自家製のフルーツお酢ジュース550円もある。定番メニューは夏みかんと梅だ。
どちらも収穫の時期に大量に取り寄せ、山本さんがりんご酢と一緒に一気に仕込む。1年以上寝かせるとカドがとれてまろやかな味になるという。筆者がいただいた夏みかんジュースは、マイルドな酸味とほろ苦さだった。
温かい飲み物をご所望なら冬季限定の甘酒300円をどうぞ。酒粕でつくった甘酒は一度濾(こ)してあるので、さっぱりとした飲み口だ。
ちょうちんもなかに込められた思い
以前店を訪れたお客さんが、こんな話をしてくれたという。「20年前に修学旅行で浅草に来た時、このちょうちんもなかを食べたんです。それがずっと心に残っていて。今日は家族で旅行に来たので連れてきました」。
山本さんは言う。「その時はうれしくて泣けました。こういうのって、短い流行りものではできないことですよね」。
浅草の象徴である雷門の大きなちょうちんは、山本さんにとって一番「浅草らしさ」を感じさせるものだ。「浅草ちょうちんもなか」には、浅草への特別な思いが込められている。だからアイスもなかを若者だけでなく、外国人にも他の世代の人にも愛されるような存在にしたい。
浅草に来た人たちに「ちょうちんもなか食べて帰ろうよ」といわれるくらいの名物にすること。それが山本さんの目標だ。
構成=フリート 取材・文・撮影=千葉深雪