温泉の定義
大昔からわたしたちのよき友である温泉、しかしわたしたちは温泉のことをどれだけ知っているのか。そもそも温泉って?
まずはその定義。これは温泉法という法律によって定められている。曰く、温泉とは採取した時点で25℃以上の温度もしくは特定の成分を基準値以上含有する水もしくはガスである。そう、地面からプシューと噴き出すあの気体、あれも実は温泉なのだ。また温泉法とは別に定められている基準で25℃以上もしくは特定の成分を多く持つ温泉は「療養泉」とされ、浴槽の近くなんかによく掲示してあるように、効能を掲げることができるようになる。
深さ・温度・地層
温泉の要件はわかった。じゃあ成り立ちはどうか。こういう時は専門家に聞くのが一番だ。ということで神奈川県温泉地学研究所に話を聞いてみたぞ。温泉の由来にはおおまかに2種類、火山性温泉と非火山性温泉とがあるそう。火山性温泉は箱根に代表される温泉で、地下水とマグマからの水蒸気などの熱水とが混ざりあって湧出したもの。地表から水蒸気がもうもうと立ち込めている火山の近くの温泉は、だいたいこれ。
対して非火山性温泉は、太古の海水が地層に閉じ込められた化石水や、地中深くで地熱に温められた地下水などが該当する。
非火山性温泉にはかの有名な蒲田温泉や綱島温泉などがあるけれど、こういった温泉は関東平野一帯に広がっている。なぜなら太古の昔、関東平野はすべて海の底だったからだ。たとえば神奈川県、相模原から東北東に向かって川崎まで線を引き、その線状の地下を見てみてほしい(下図参照)。火山灰由来の関東ローム層の下には上総層群、さらに三浦層群と、海底にあったときの堆積層が広がっている。層の厚さやちょっとした種類は地域によって違うとはいえ、関東平野にはこういった海底の堆積層が広がっている。この層が閉じ込めた大昔の海水などに海藻などの有機物が溶けて混ざったもののひとつが、いわゆる黒湯ってやつである。
大深度温泉
ところで街中にある温泉の中でも比較的新しいものを見ていくと、1000mとか1500mといったかなりの深さから採っているものが多く見られる。大深度温泉と呼ばれるこれらの温泉は、近年の掘削技術の進歩によってくみ上げることができるようになったのだ。いくら深く掘っても、掘られた土は勝手に消えて行ってくれるわけではない。それを掘り砕きながら地上にかき出せるようになったのが1980年代。技術革新とコストダウンを経て、2000年代に入ると『ラクーア』や『大江戸温泉物語』などが大深度からの温泉掘削に成功し、以降さまざまな大深度温泉が掘削されるようになったのが現在の状況なのである。
またこの深度、たとえば1500mの地下ならお湯の温度は45〜60℃が多く、ボイラーで加温する必要がない。ただし深くなればなるほど地中の圧力が高くなり、地中でたまっている水分の塊がどんどん小さくなることから、掘り当てるのが難しくなってしまう。それに深く掘るためにはお金だって必要だ。いろんなバランスを見て、だいたいこのあたりが現在の日本の温泉の最大深度なのだろう。
温泉銭湯の今
さてそんな大深度温泉は、いまや銭湯にまで広がっている。屈指の人気を誇る温泉銭湯『武蔵小山温泉 清水湯』では深度200mからの黒湯、それに加えて深度1500mからの黄金の湯のふたつの温泉を持っている。温泉銭湯は昔から数あれど、大深度からの温泉は清水湯が最初なのだ。
3代目の川越太郎さんによれば、2000年前後からのスーパー銭湯ブームの中、ふたつの温泉を持つことで強い差別化が図れるはず、と一念発起。周囲からはすでに温泉あるのになんでもうひとつ? と訝しがられながらも、掘削を終えてリニューアルオープンすれば、やっぱり温泉がふたつもあるのはいいことだ、とお客さまも大満足。
ふたつの温泉の交互浴がおすすめとのことだけれど、温泉の効果は毎日繰り返してこそさらに高まろうというもの。幸せと健康を銭湯価格で買えるなら、そりゃあ毎日通った方がお得に決まっている。これも地域に寄り添う温泉銭湯ならではの魅力のひとつだろう。
いずれにしても温泉は、地下深く、マグマの熱や太古からの成分によって成り立っているお湯だ。歴史や由来、成分やどのくらいの深度から採っているのか、そういうところから見てみると、なんだかもっとありがたい気持ちになれるかもしれない。何にも考えずに気持ちよくなる時間はとっても大事だけれど、お湯につかって悠久の時に思いを馳せる、そんな日があってもいいじゃない。
取材・文=かつとんたろう 撮影=泉田真人、オカダタカオ
資料提供・取材協力=神奈川県温泉地学研究所
『散歩の達人』2022年1月号より