仕事じゃないんだし好きに混ぜてくれたら
「どう食べたらいいかとよくお客さんに聞かれます。仕事じゃないんだし好きに混ぜてくれたらいいんです」と、店主・滝沢健二さん。
2016年開店の店は、駅前でも大通りでもない坂道の途中のビルの奥まった一室。当初はご近所さんにもあまり気づかれなかったという。
「自宅と同じ文京区内で、自転車で通えるのが第一条件。カレー作りに集中できれば人通りは気にしませんでした。ここは外気の影響が少なくて、夏は涼しく冬は暖かい。ガラス戸越しに外も見える。来るたびにいい場所だな〜って」
練習では漬物や総菜も容赦なく混ぜた
しかしなぜこんなにぎやかなライスに? と聞けば、これは開店前に生まれたアイデア。自宅でカレーの練習をするうち食べ飽きた滝沢さんは、身近な野菜や漬物、総菜を容赦なく混ぜて口にした。
「食感は違うし、これ何? って考えるのがすごく面白くて。なんか、“面白い”と“おいしい”は友達だなって思ったんです。ただ、ここまで盛るつもりはなかったけど(笑)」。
野菜はそれぞれ味を変えて調理。意表を突く切り干し大根の存在も、この話を聞けば納得だ。
一方、カレーは日替わりで肉、魚の2種類のみ。アジやしらす、合鴨、塩豚などの変化球ぞろいの具材でそそられる。刺激的な辛さもまったり感もなく、のど越しよくスルスルいける。
備え付けの調味料で、自分好みの味に
「僕の中でカレーはおかずよりもスープに近い。日本の料理に例えると、冷や汁(笑)? だから具より液体がおいしくないとダメなんです」 。
ベースは、トマトを使ったパキスタンカレー、チキンをピーナツバターで煮込むアフリカ料理、ココナッツを使ったインドネシア料理のルンダン。
「カレーの一歩外側にいるようなこの3つを混ぜたら面白そう!」
という発想だった。
が、カレーはこれで完成というわけではない。ナンプラーやエビチリココナツ、マンゴーピクルスといった備え付けの調味料をおのおの足して、自分好みの味に。仕上げは私たちに託されているのだ。そのためカレーの塩分はあらかじめ抑えて設定。ライスも好きに増減できる。まるで、作り手とキャッチボールでもしてるみたい。
そういや、『ホンカトリー』とは和歌の技法「本歌取り」が由来とか。先人の古歌の一部を取り入れ新たな歌を詠む。そんな面白さのごく一端をカレーで味わえるような気がするのは私だけだろうか。
取材・文=下里康子 撮影=金井塚太郎
『散歩の達人』2020年9月号より