いつも変わらぬ接客が温かい、 誰でも落ち着ける店
この店の客層は、実に幅広い。しばしの憩いを求めるサラリーマン、名物のプリンを食べに訪れるカップル、親子三代で通う常連さん、他県や海外からの旅行客、政治家や俳優など有名人も来店するとか。
誰がドアを開けても、森さんの飄々とした、でもどこか優しい接客は変わらない。忙しく手を動かしながら「今日は何にする?」「どう? 美味しいでしょ?」と気さくに話しかけてくれる森さんの前では、誰もが安心してホッと一息つけるのだ。
真似できそうでできない、こだわりの味。 名物「ジャンボプリン」の魅力
ほとんどのお客さんが注文するというジャンボプリンのレシピは創業当時から変わらない。カラメルから手作りした蒸しプリンで、注文すると森さんがカチャカチャっと華麗な手さばきで器に盛りつける。トロリとしたカラメルを、カップの底に残った分まできっちりかけたらできあがり。
森さんのこだわりは、余計なものは入れず、素材の味を活かすこと。だから生クリームやチェリーなどの飾りはなく、バニラの香りも控えめ。シンプルながら、カラメルの鮮やかな琥珀色が美しい。サイフォンで入れるコーヒーとセットで700円と、価格も良心的だ。
スプーンを入れると、思ったよりしっかりとした弾力。一口食べれば、なぜ皆がこのプリンを食べたがるのか一瞬でわかる。卵の旨味が感じられるプリンの素朴な美味しさを、森さんにしか作れないという絶妙なとろみのカラメルが際立たせる。甘みと苦みの完璧なバランスに、今まで食べていたカラメルは何だったんだ、と衝撃を受けた。
多くのメディアでこのプリンのレシピを公開しているのは、森さんの自信の表れだ。「添加物も何も入っていないから、このカラメルの味は24時間しか持たないの。だから大きな企業には絶対真似できないでしょ」と森さんは愉快そうに語る。
ミルクセーキにツナサンド。定番メニューも侮るなかれ。
メニュー表にはコーヒーやサンドイッチなどの定番メニューが並ぶが、頼んでみるとひとつひとつこだわりの詰まった逸品だということがわかる。今回は、ツナサンドとミルクセーキを注文した。
森さんはサンドイッチを決して作り置きしない。注文を受けたら、その都度パンをスライスするところから始める。ソフトなサンドイッチを作るためには譲れないこだわりだ。
コクがあってまろやかなツナフィリングはゆで卵入りで、口どけの良い食パンとの一体感は抜群。500円でボリュームたっぷりなのもうれしい。最後まで飽きのこない美味しさだ。
ふんわりと仕上がったミルクセーキ。泡が消えないうちにいただくと、卵と牛乳のなめらかな味わいにため息が漏れる。飾らないけれど優しいその味わいに、店主の森さんの人柄が感じられる。
必ずまた来たくなる、『ヘッケルン』の魅力
『ヘッケルン』には、月に3日しか登場しないという幻のメニュー・ババロアがある。このババロア、どうしても食べたい人は予約が出来るのだが、その方法がちょっと変わっている。
「うちにはホームページはないし、電話予約も受け付けてない。ババロアを食べたい人には、お店に来て自分でカレンダーに印をつけてもらうの」と、森さんはペンを渡してくれた。
カレンダーには、ババロアの販売日にマル印が付けられ、その下にはたくさんの正の字が書きこまれている。名前も連絡先も書かれていないが、森さんはこの正の字の数を見て、ババロアを仕込む量を決める。この簡素な予約表は、お店とお客さんとの信頼の証なのだ。常連さんが美味しそうなババロアの写真を見せてくれた。
「次こそはこれを食べてみたい」「次は友達や家族を連れてきたい」帰るときには次来る日のことを考えてしまう、『ヘッケルン』はそんな名店だった。
『ヘッケルン』店舗詳細
取材・文=岡村朱万里 撮影=加藤熊三