家族のように温かく迎え入れてくれる母娘が営む喫茶店
恵比寿駅から代官山方面に向かって駒沢通りを歩くこと約3分。1つ目の交差点あたりで、ふとピンク色の看板が目に留まった。『珈琲家族』ってネーミングもなんだか気になる。
看板の下に掲示されている案内を見ると、サイフォン式でコーヒーを淹れてくれる喫茶店で喫煙OKとのこと。
「のんびりできます」という謳い文句に誘われて地下1階に下りていくと、喫茶店の隣には昭和レトロなレストランもあった。
1975年に開店した『珈琲家族』は、2021年にマスターが亡くなられて以来、母娘2人で店を切り盛りしている。
「主人が喫茶店をやろうって言って、結婚と同時に店を始めたんです。だから私、娘がお腹にいる時もここでずっと働いてたんですよ」と、お母さまの安生眞由美さん。
娘さんの京子さんは、思うようにからだを動かせなくなったお父さまに代わって、2019年頃から店に立つようになった。「当時、私は別の仕事をしていたので、週2日だけ店に出てたんですけど、いつの間にか毎日ここで働くようになっていました」と京子さん。『珈琲家族』という店名からして“家族”で店を営む運命にあったのだろう。
ちなみに分煙しているわけではないのに、たばこを吸わない常連客も少なくないのだとか。その理由は、母娘の人柄が醸し出す温かさにあるのだろう。初めて訪れた筆者も不思議と居心地がよく、お二人の雰囲気がとっても穏やかなこともあって、自然とこちらの心が和むのだ。
客が店を出る時、お二人が「いってらっしゃい」と声をかけていた。不思議に思って京子さんにたずねると、通勤前や仕事の合間に店にやって来る常連客を「いってらっしゃい」と送り出しているうちに、自然と客みんなにそうあいさつするようになったという。
「ここからどこかへ出かけるお客さまに、『お気をつけて』という気持ちを込めてあいさつしてるんです」と京子さん。「『いってらっしゃい』って言われると、なんだか安心しますもんね」。この客を送り出すひと声にも、ほんっと癒やされるなあ。
癒やしの空間でいただくたまごのオープンサンドは、や・さ・し・い味
少々小腹がすいてきたのでフードメニューをチェックすると、懐かしさを感じさせるメニューが並んでおり、おすすめなるものも発見! 飲み物代にプラス100円で、オープンサンドまたはトーストをいただくことができる。ミニサラダ付きで超お得なので、今回はAセットにしよう。
トースターがチーン♪ と鳴り響き、素敵なお皿にのってオープンサンドが運ばれてきた。たまごとベーコンの彩りが、なんだかかわいらしい。
このオープンサンド、どこか懐かしくて安心するお味で、パクパク食べられちゃう感じ。ママさんのやさしさが伝わってくるようで、なんだかほっとする。
ミニサラダにかかっているすりおろしドレッシングは京子さんのお手製で、お客に好評だそう。ニンジンとタマネギ入りでちょっぴり甘めの味付けで、キャベツやレタスによく合う~!
おすすめセットは一見するとモーニングのようにも思えるが、品切れになるまで終日注文することができる。ありがたいことにおまけの1品も付けてくださるので、ちょうどよく小腹を満たしてくれるボリューム感だ。
「以前はモーニングでしか出していなかったんですが、恵比寿には遅めに朝ご飯やお昼ご飯をとる方もいらっしゃるので、いつ来てもご注文いただけるようにと思って」と京子さん。こういった気遣いがうれしい。
飲み物は540円から各種そろっているので、例えばマイルドブレンドコーヒーにAセットを注文すると640円。コスパも最高です!
スイーツも気になって京子さんにおすすめをうかがうと、「私のイチオシは、『家族の白玉』です。ママがつくる白玉がほんとおいしくて。注文が入ってから白玉を丸めるので、すごくもちもちなんです。それと今ね、抹茶プリンをつくり始めたんですよ。よかったら召し上がってみてください!」。白玉も捨てがたいけど、今回は新作の抹茶プリンでお願いします!
趣のあるコーヒーカップで出てきた抹茶プリンは、プルンとなめらかな食感でしっとりしている。ほろ苦い抹茶に甘さ控えめ小豆、生クリーム付きで、いい感じの組み合わせです♪
「今度来た時は、白玉もぜひ召し上がってみてね」と、眞由美さんがほほえんだ。
いつまでも通い続けたい、心がほっこりする癒しの空間
お父さまがお亡くなりになる以前は会社勤めだった京子さん。今でこそ毎日のように店に立っているが、実のところ店を手伝うつもりはなかったのだそう。
「最初はね、本心では手伝うのがいやだったんですよ。働くならおしゃれなカフェがいいなあとか思ったりしたんですが、だんだんこの店のよさがわかってきたように思います。お客さまが『ここに来ると落ち着く』とおっしゃってくださるように、私も働いてて心が落ち着くことに気がついて、自分に合ってるんだなって思うようになりました」。
昭和のレトロ喫茶に心惹かれる若い客もたくさん来てくれて、時にフレンドリーに話しかけてくれることもあり、京子さんは客とのふれあいも喜びに感じているようだ。
一方で眞由美さんは、娘さんが店で働いてくれるようになって、「親子の時間を埋めているような感覚」だと話す。
結婚してすぐに店を始めたため、家で過ごす時間が限られていた眞由美さん。「私からすると、昔、どんなに望んでも得られなかった娘との時間をいま、与えてもらっている気がします」。
これまでなかなか一緒にいることはできなかったが、京子さんが社会人になってからはよく会話をするようになったという。「大人になってから、ママってこんな性格だったんだって初めて知ることもいまだにあるんですよ」と、京子さんは笑った。
そんな家族の店は昔も今も変わらず、多くの客の心の拠り所となっている。
「昔、よく子どもを連れて来ていたコーヒー好きのお母さんがいらしたんです。その子が成人して店にやって来て、『母とよく来てたんです』って声をかけてくれた時は、ほんとうれしかったですね。長くやっててよかったって思います」と眞由美さん。
また、ある常連客は転勤した後も定期券を恵比寿経由にして、今も毎朝店に通っている。「遠くからいらしているので大変ではないかと心配したんですが、うちの店に来てエネルギーを充電してから通勤してるんですって。そんなお客さまがたくさんいらして、皆さんに支えられているからこそ、私もまだまだがんばらなくちゃって思うんです」と、眞由美さんは長らく店を続けてこられた理由を明かしてくれた。
「疲れてちょっとお休みしたい時は、ここでほっこりしていただけたらいいなあって思います」と京子さん。「いってらっしゃい」の声に「いってきます」と返事をすると、「よし、がんばろう!」って心にエンジンがかかる。『珈琲家族』でひと息ついて“ほっこり”癒やされたら、きっとやる気が湧いてくるだろう。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=コバヤシヒロミ