長崎で創業し約150年の歴史を持つ茶碗蒸しが自慢の店
慶応2年(1886)に現在の長崎県長崎市に創業した『長崎 吉宗』の支店として、1970年に東京・銀座の長崎センタービルに誕生した『銀座 吉宗』。
四国伊予藩士だった吉田宗吉信武は、長崎の肥後藩に出入りするうちに茶碗蒸しの味に惹かれていった。そののち、簡単でおいしい茶碗蒸しを忙しい人たちも食べてもらおうと、長崎市万屋町(現・浜町)に『吉宗』を創業した。茶碗蒸しだけでなく、蒸した酢飯、あなごのかば焼き、魚のおぼろ、卵焼きを乗せた蒸し寿司も今なお人気を博している。
「創業者は私の祖父で、長崎本店の当主とは兄弟です。長崎の味を東京でも提供しようということでオープンしたのですが、1973年には本店から独立しました。とはいえ、名物の茶碗蒸しや蒸し寿司は本店と同じレシピを引き継いでいます。材料も長崎から仕入れているものがあるんですよ」と、語るのは『銀座 吉宗』の3代目店主・吉田宗生さん。
「銀座で50年近く営業しているんですけど、2019年にビルの設備故障の関係で長年営業してきた長崎センタービルを離れ、2021年に銀座ナイン2号館へ引っ越してきました」。
今は移転とともに多少メニューを変更しながら、変わらぬ味を提供し続けている。
10種の旨味が溶け出した茶碗蒸しと、ほんのり甘酢のほかほか蒸し寿司
さて、長崎本店でも提供している茶碗蒸しと蒸し寿司のセット・夫婦蒸し。やはりこれを食べずにはいられないだろう。
筆者は大好物の茶碗蒸しが「丼で来るって最高かよ!」と思いつつ、「でも何で寿司がアツアツなのよ!?」と混乱したが興味津々だ。毎日限定20食という茶碗蒸しと寿司がセットの『夫婦蒸し』をオーダーした。
さあさ、まずは茶碗蒸しからいただきましょう。よくある湯呑みサイズの茶碗蒸しには、常に物足りなさを感じていたので今日は夢のようだ! 当然、小さなスプーンなんかじゃなくて、れんげでがっつりすくっちゃいます。トゥルンと滑らかな卵をすすると、和風の出汁がじんわりおいしい〜。アツアツで卵の味が舌に広がり、するりと喉に滑り落ちていく瞬間に「ああ……」と吐息が漏れてしまう。
茶碗蒸しの中には、ネオンカラーのかまぼこ・巻きかま2種を筆頭に、焼きアナゴ、カレイ、銀杏、軽く煮付けたタケノコ、きくらげ、しいたけ、大山鶏もも肉、お麩、計10種の具材が入っている。なにコレ、旨味の宝箱なの!?
すると吉田さんが「この茶碗蒸しは、ベースの卵液にたっぷり出汁を入れているんですけども、蒸している間にほかの具材からも旨味が染み出して、ものすごくおいしくなるんですよ。巻きかまは、長崎市・新地にある老舗蒲鉾店『石橋蒲鉾』のものを使っています。具の中で唯一、吸収する性質があるお麩が一番おいしい具材だと言われているんですよ」と解説してくれた。うんうん、山海の幸からいい出汁が出てる〜。これは茶碗蒸し好きにはぜひ食べて欲しい。
つづいて蒸し寿司。関東生まれの筆者にとって、寿司とは冷たいものであるべき。どんな感じなの?とドキドキしていた。
こちらもれんげでひとすくい。ほんのり甘酢が利いた酢飯はほかほかで錦糸玉子と刻みアナゴ、ピンク色の魚のおぼろ(でんぶ)がたっぷり。酢飯だからかご飯はしっとりしていて具材もそれぞれしっかり味がついているんだけどほんの〜り甘くてやさしい。茶碗蒸しと交互に食べると出汁の風味も相まってものすごくおいしい。
「そうなんです。蒸し寿司は茶碗蒸しに合うように味付けされているんです。実は、茶碗蒸しにも使っている具材が入っているので相性がいいんですね。これは、初代当主が考案した味なんですけど、よくできていますよね」と、吉田さんも感心する。
簡単なように見えるが、この絶妙な味わいを出すために、前日に炊いた米を提供する前に1時間ほど蒸し、さらに具材を乗せてもう一度蒸すという。むむむ、さすが手が込んでいる。
今日からは蒸し寿司だけは断然アリ派を宣言。むしろ激アツ蒸し寿司ウェルカム派に転身だ。
長崎へ行った時には要注意! 『銀座 吉宗』しかない皿うどん
2022年11月には50周年を迎える『銀座 吉宗』。平日訪れるのは銀座で働く人や、買い物に来た年配の人々が中心だ。一度食べたら病みつきになる吉宗の味だけに常連が多く、長崎に訪れた常連客が本店で食事をしようとしたときに戸惑うことがあるそうだ。
それは、本店には皿うどんやちゃんぽんがないことだ。長崎の人にとっての皿うどんはいわゆるB級グルメで、ラーメン店のような専門店や食堂で提供されていることが多い。本店は庶民的な店ではあるものの、メニューとして皿うどんやちゃんぽんは存在しないのだ。
「本店は茶碗蒸しとばってらが看板メニューなんです。創業当初はうちでもそうしていたんですけど、ばってらだけは定着しなかったそうです。それで長崎らしいものをと、皿うどんやちゃんぽんを提供しはじめました」。
「うちのお客さんは、銀座でよく食べてたから本店に行ってみようという人が多くて。長崎へ旅行に行って本店にも皿うどんやちゃんぽんがあると思って注文したら置いてないので残念だった、というお声をよく聞きます。確かに長崎はちゃんぽんの本場なんですけど、『吉宗』では銀座にしか置いていませんのでご注意ください」と吉田さんは笑う。
以前はちゃんぽんも人気だった。しかし、現在は厨房の状況によりちゃんぽんの提供は中止し、皿うどんのみを提供。銀座だけのものとはいえ、長崎の三和製麺所の麺を使用している。
ランチは夫婦蒸しや皿うどんで庶民的な長崎めしを味わい、夜は地元の焼酎『壱岐』とともに旬の魚やクジラの刺し身、カラスミなど名物を堪能するのもいいものだ。どこにでもあるメニューでなく、わざわざこなければ食べられない長崎グルメ。こういうものこそ、ランチで食べる価値がある。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢