「くず餅」ってなんだろう。
「くず餅」と聞いてどんな菓子が浮かぶだろう。千葉県出身の私にとって、東京や神奈川の寺社門前名物で知られる乳白色のものこそがくず餅で、葛粉を使った葛餅は、脳内で葛粉の名産地を冠した「吉野葛餅」と変換される。
では、葛粉を使わない乳白色のくず餅とは一体なんなのかというと、原材料は長い期間乳酸発酵させた「小麦でんぷん」だけ。ほのかな酸味、独特の弾力とぷるりとした食感は、専門店でしか生み出せない特別なものだ。
『江戸久寿餅』で教わる久寿餅のこと
日本橋高島屋S.C.1階に入る『江戸久寿餅』は、昭和30年(1955)創業の久寿餅製造卸の『山信食産』3代目、小山信太郎社長が2015年に立ち上げた新ブランド。江戸川区船堀の本社工場前や地下鉄船堀駅改札前での直売が好評を博し、2020年10月に満を持して開いた初の常設店が日本橋高島屋S.C.店だ。
コンセプトは「粋でキュート」。テイクアウトエリアは紺色が基調ですっきりとして粋。イートインスペースはピンク色が基調でキュートだ。
ところで同店のように、小麦でんぷんを乳酸発酵させたくず餅を「久寿餅」と書くことがある。漢字もさることながら、そもそもどうして小麦粉が原料なのに「くず餅」なのだろう。
かつて良質な小麦の産地だった下総国葛飾郡の地名から「葛餅」としたものの、葛粉の餅と混同されるので字を変えたという説に加え、小山社長によれば、江戸時代に飢餓の町にふるまわれた際、久しい寿を願い名付けられたという説もあるそうだ。
小麦でんぷんを730日間も自然発酵!?
久寿餅の作り方は独特だ。まずは唯一の原材料である小麦でんぷんを乳酸発酵させる。『江戸久寿餅』では、理想的な弾力と風味が生まれるからと、730日もの間発酵させたものを使う。
発酵後は余分な発酵臭や酸味を除くために一週間ほど水洗いを繰り返してからろ過し、高温の蒸気を入れて混ぜながらのり状にする。さらしを敷いた木枠に流して蒸し上げ、冷ませば完成!もっちりぷるり。適度な弾力がたまらない。
小山社長が子どもの頃、学校から戻るとお皿を持って工場の戸口に立ち、この出来立てをもらい、おやつにしていたという。その美味しさを伝えたいという想いが『江戸久寿餅』立ち上げの原点だ。
このままでは2日しかもたないけれど、店頭には真空パックと加熱殺菌により10日ほど日持ちするものも並ぶ。ちなみに高島屋S.C.店のイートインスペースで提供されるのはすべて2日しかもたない作りたてだ。
絶対食べたいクズクズシェイク!
メニュー選びに迷ったら、一番人気のクズクズシェイクがおすすめだ。ふくゆたか大豆100%の豆乳をベースに黒蜜・きなこ・つぶつぶに刻んだくず餅が入る。おいしさも幸福感も倍増する豆乳シェイクアイスも迷わずトッピング。
濃厚なアイスをスプーンでひとすくい。続いてストローを吸うとまろやかな豆乳にコクのある黒蜜、そしてぷるりとした久寿餅が飛び込んでくる。小山社長の息子さんが乳製品と卵のアレルギーがあり、一般的なシェイクやアイスが食べられなかったことが開発のきっかけだそうだが、そもそも黒蜜ときな粉は久寿餅をおいしく彩る仲間たち。相性は抜群だ。
こんな久寿餅見たことない!
久寿餅といえば四角いものを台形や三角形に切って食べるのが定番だが、『江戸久寿餅』では、シリコン製のハート型に生地を流し蒸し上げた愛らしい「ハート久寿餅」が大人気だ。ハート型の中心にくぼみがあり、蜜を入れるのにもぴったり。定番の黒蜜ときな粉のほか、イチゴ久寿餅にイチゴ蜜とドライストロベリーをトッピングした「プレミアムいちご」など、季節ごとにいろいろな味が登場する。
日本橋高島屋S.C.に店舗を構えたことで客層が広がり、お客さんの声が工場直売時以上に届くようになり、新製品の開発にも力が入る。「日本橋の街の人に喜んでいただけることが自信につながっている」と話す一方で、小山社長は地元の船堀を元気にしたいという想いも持ち続けている。「地元の船堀にも久寿餅が主役のカフェを開きたいと思っています。場所を探しているところですよ!」と教えてくれた。ますますパワーアップする『江戸久寿餅』から目が離せない。
文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)