北斎通りに面した開放感のある甘味処。
JR・地下鉄錦糸町駅から『北斎茶房』までは徒歩約10分。
錦糸町駅近くの横十間川から両国の江戸東京博物館前の清澄通りまでまっすぐ伸びる北斎通りを店を目指して、てくてく歩く。駅前の商業施設、アルカキット錦糸町店を過ぎるあたりで右手に視界が開け、タワービュー通りから東京スカイツリーがきれいに見える。
北斎通りの散歩を楽しんでいると、甘味処の文字が見えてくる。2003年に創業した甘味処『北斎茶房』だ。このあたりは葛飾北斎の生誕地とされ、店の名もそれにちなむ。
店内は高い天井と余裕のある席の配置から、広さ以上に広々と感じる。席数も多くはないので、店の雰囲気は穏やかだ。元々は長屋の倉庫で、その後アトリエとして使われていたこの場所を、店主の今井さんが引き継いだ。「並木通りが気持ち良かったけれど、当時はこのあたりにはまだ何もなかった」と今井さん。いい場所と出合ったことでお店のオープンを決めたというが、先見の明があったのだろう。
お店が創業した2003年は、地下鉄半蔵門線の錦糸町駅が開業した年だ。錦糸町といえば娯楽街というイメージは少しずつ変わり始めていたものの、イメージを一変させた複合商業施設、オリナスの誕生より3年も前、さらに東京スカイツリーの開業より9年も前だ。
今では錦糸町は飲み屋街や歓楽街、場外馬券売り場WINSがある一方で、再開発が進んで街が整備され、ファミリー層も多く住む。東京スカイツリーやすみだ北斎美術館、江戸東京博物館までの散歩の起点としても人気が高い。
生の果物を贅沢に使う生熟かき氷
毎朝氷屋さんから届く氷で作る、約12種類の夏季限定のかき氷。中でも人気が高いのは、厳選した果物で作る生熟かき氷。生苺、生杏、生ゴールデンキウイ、生グレープフルーツがあるが、今回は一番人気という練乳をかけた生苺ミルクを頼んだ。
いちごのピュレを冠したかき氷は美しい雪山のようだ。長野の奥田農園の夏いちごを惜しげもなく使い、ピュレにする際加えるのは砂糖だけ。水は一切使わないので、いちごの味が濃厚だ。
練乳なしでも注文できるが、やはりいちごには練乳。ミルキーなコクがいちごの甘酸っぱさを引き立てる。底にもいちごのピュレが入っているので、最後の一口まで夏いちごの味を楽しめる。
今回はもう1つ、徳之島産黒蜜きなこのかき氷も注文した。鹿児島県の奄美群島の離島の一つ、徳之島産の黒砂糖から作る黒蜜は、さらりとしてアクを感じず、それでいてコクがある。甘く香ばしいきなこを合わせると互いの風味が膨らむ。お腹いっぱいのときでも美味しく食べられる。
これを食べずに帰れない。丹波大納言、春日の粒餡。
今回注文した最後のひと品は大納言あんみつ。ここまでかき氷をすすめてきたが、かき氷は夏の甘味。『北斎茶房』を代表する味と言えば、稀少で高価な兵庫県丹波市春日産の丹波大納言、春日を使った粒餡だろう。春日は皮が柔らかくて口当たりが良く風味豊か。同店では、とろりと艶やかに煉(ね)られていてみずみずしい。
大納言あんみつは、この粒餡と、徳之島産黒砂糖の黒蜜をストレートに楽しめる。寒天に粒餡をたっぷりのせて、求肥とバナナを添えている。別添えの黒蜜を少しずつかけて至福の時間を楽しみたい。
口コミだけで大人気に。
店を背に北斎通りを左手に700mほど進むと、2016年に開館したすみだ北斎美術館があり、さらに350mほど進むと江戸東京博物館がある。展示を見に行く前後に、甘味を食べに寄る人も多いという。
『北斎茶房』の甘味は、どれもシンプルで美しく、とにかく味がよい。職人さんの淡々とした中にも温かみのある接客も心地よい。今井さんは「美味しいものを食べていただきたいので、真面目に真摯に作っている。味に真剣に向き合いながら、お客様を大事にしていきたい」と話す。コロナ禍を支えてくれたのも常連客だ。創業以来お店のホームページもSNSも開設していないが、人気は口コミで広まった。
『北斎茶房』は店内メニューだけではなく、大納言あんみつ、手作り最中、大人気のとろりわらび餅や大福、どら焼など、お土産メニューも多い。極上の粒餡もお土産にできる。トーストにのせたり、ヨーグルトに添えてみたり。自宅で自分好みの粒餡の食べ方を探求するのも楽しい。
取材・文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)