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Profile:原亜樹子(はらあきこ)
菓子文化研究家。米国高校へ留学・卒業後、東京外国語大学へ進学し、文化人類学ゼミで食を探求。卒業後は特許庁へ入庁するも、6年目に退職し、食に関する執筆活動をスタート。2006年より生活情報サイト「All About」で和菓子ガイドを務めるほか、アメリカの食に関する著書多数。

はじまりは氷業

甘味処『みつばち』。
甘味処『みつばち』。

地下鉄湯島駅から徒歩2分ほどの場所にある甘味処『みつばち』。4代目の嶋田有子さんによると、明治42年(1909)に氷業「嶋田屋」として創業した。

名物の小倉アイスが誕生したのは大正4年(1915)。有子さんの曾祖母で初代店主の嶋田当与さんが、冷夏で売れ残ったかき氷用の煮小豆を入れた桶を、塩をふり温度を下げた氷を入れた桶に重ねて保存した。翌朝凍りかけたものを味見すると美味しかったので、試しに購入したばかりのアイスクリーム製造機に入れて混ぜたところ、現在の看板商品、小倉アイスの原型ができたという。

4代目店主の嶋田有子さん。
4代目店主の嶋田有子さん。

その後戦火により店舗が焼失。戦後の再建時に店舗裏の井戸端の花壇にミツバチが集う様子を見て、こんな風に甘いものを求めてたくさんのお客様に来てほしいと願い、『みつばち』という店名に改名して再スタートした。

乳製品不使用の小倉アイスと氷あずき

小倉アイスのはじまり。氷あずき680円。
小倉アイスのはじまり。氷あずき680円。

嶋田さんが「カレーライスみたいでしょう」と笑いながら運んできてくれた氷あずき。小倉アイスが誕生するきっかけとなったかき氷だ。

形を崩さずに煮た小豆の上に、削り氷がたっぷり乗る。蜜はかけずに氷を崩して小豆と混ぜながら食べる。日本の夏には、このさっぱりとした味がうれしい。

小倉アイスSPモナカ付520円。
小倉アイスSPモナカ付520円。

氷あずきから生まれた小倉アイスは、通常版と、小豆の量を増やした小倉アイスSPの2種類がある。どちらも使うのは小豆と塩と砂糖だけ。乳製品不使用なのに驚くほど口当たり滑らかだ。

ハニートリプルもなか付540円。
ハニートリプルもなか付540円。

この2種類に加えて、創業100年を記念した黒糖アイスまでのる、ハニートリプルなるメニューがあると教えていただき、早速注文。

『みつばち』の黒蜜の濃厚で美味しいことはよく知られている。人気の3つの味の三つ巴と聞けば食べずにはいられない。

食べ比べてみると、SPの小豆の風味が強いのはもちろんのこと、小豆の粘りが乳製品に代わる滑らかな舌触りを生むのだろう。通常版の小倉アイスは滑らかな中にもシャリシャリとした食感が残り、小倉アイスSPはより滑らかだ。

黒糖アイスはまるで黒蜜をなめているかのように濃厚。同店の黒蜜のファンにはたまらない。大満足のお得なメニューだ。

クリームミルフル800円。
クリームミルフル800円。

『みつばち』のメニューは豊富だ。小倉アイスSPやハニートリプルのように、どこかキュートでユーモラス、でも名前だけではよく分からず、実物を前にしてなるほどと納得するネーミングも多い。

たとえばかき氷のクリームミルフル。器の底にはみかんと黄桃、白桃、パイナップルを入れ、たっぷりの氷に練乳をかけてバニラアイスクリームをポコンとのせる。アクセントは真っ赤なさくらんぼだ。アイスクリームと練乳のミルクとフルーツなので、クリームミルフル。

最初はミルク感があり濃厚で、〆はフルーツでさっぱり。愛らしい姿を見るだけでも癒やされる。

小倉アイスも名物の黒蜜も堪能できる。小倉白玉あんみつ

小倉白玉あんみつ780円。抹茶の求肥は店内限定。
小倉白玉あんみつ780円。抹茶の求肥は店内限定。

小倉アイスで知られる同店だが、『みつばち』といえばあんみつという人も少なくない。

今回注文した小倉白玉あんみつは、底に寒天と赤エンドウ豆、その上に小倉アイスを中心に、抹茶の求肥にこし餡、白玉団子、フルーツが乗る。店内限定の抹茶求肥はふんわりとろり。杏はふっくら。

店内では大きなポット入りの黒蜜が添えられるが、欲張ってかけ過ぎてはいけない。『みつばち』の名物の1つである黒蜜は、かけ過ぎるとほかの味が分からなくなってしまうほど濃厚だ。適量かければ素材の良さを引き立てる。

ほどよい歯応えの赤エンドウ豆もプリンとした寒天も、旨みがギュッと凝縮した一握りのこし餡も、求肥も白玉団子も、それから杏にしても自家製だ。メニュー豊富な『みつばち』で、すべてを手作りするのは大変なことだが、これが当たり前だと思ってやってきたという有子さん。

甘味処もカフェもたくさんある湯島界隈で、100年以上人気を保ち続けるにはきちんと理由があるのだ。

初代と岩崎邸にまつわるエピソード

店舗から都立庭園、旧岩崎邸園までは徒歩4分ほど。
店舗から都立庭園、旧岩崎邸園までは徒歩4分ほど。

最後に街との関わりについて尋ねると、「岩崎邸の方がよく買いに来てくださったそうですよ」と有子さんが楽しそうに教えてくれた。店舗近くの都立庭園、旧岩崎邸園に、三菱財閥岩崎家が住んでいた時代の話だ。

「曾祖母がリヤカーで氷を運んでいた際に交差点で岩崎邸の馬車と当たってしまい、小指を痛めた曾祖母に対して何かしたいと申し出てくださったそうで、それなら氷を買いに寄ってくださいというところからご縁が始まったそうですよ。」

かつて界隈には文豪が多く住み、森鴎外が小倉アイスを食べに来ていたというエピソードも伝わる。

常連客から贈られた『みつばち』のロゴ入りマスク。
常連客から贈られた『みつばち』のロゴ入りマスク。

有子さんの写真撮影時、最初はマスク姿のまま試し撮りをした。その際、大切そうにマスクを付け替えた。「これはお客様が作ってくださった『みつばち』のロゴ入りのマスクなんです。マスク姿をのせていただけたら喜んでくださるだろうなあ。」と呟いた。

有子さんはいつでもテキパキと忙しく動いているが、接客は温かい。癒やしの時間は味だけが作るのではないと、店を訪れる度思う。

取材・文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)