出不精すぎる家族
私が育った家庭はあまり外出をしなかった。旅行も外食もめったにしないし、北海道出身なのにスキーもキャンプも連れて行ってもらったことがない。唯一のアウトドアは庭でするバーベキューで、意地でも敷地から出ない。
理由は単純で、両親ともに極度の出不精なのだ。父の趣味は読書と野球中継を見ること、母の趣味はガーデニングと押し花。ふたりとも、出かけるより家で過ごす時間が好きだ。
そんな両親の元に生まれた私は、いわば出不精のサラブレッド。ステイホームの才能に恵まれ、立派な出不精に成長した。
しかし、大人になった私はやたらフットワークの軽い人と結婚したため、あちこちに連れて行かれ、しまいには南米にまで行った。ひとりでは隣町に行くのすら億劫なのに、チリやアルゼンチンに行ったことがあるなんて、自分でも「変なの」と思う。
さて、家族の中でもっとも出不精なのは母だ。
母は行動範囲がとても狭い。実家は郊外だがそこそこ発展した地域にあり、ほとんどの用事は自宅から半径2キロの範囲で完結する。ショッピングも友人とのランチも(おしゃれさを求めなければ)地元でこと足りてしまうため、母はめったに地元から出ることがない。まるで、自宅から半径2キロ圏内に結界が張られているかのようだ。
だから、私は母が方向音痴なのかどうかを知らない。母は行き慣れた場所にしか行かないため、初めての場所で目的地を探す姿を見たことがないのだ。
母が行きたい場所になかなか行けない理由
母は、ひとりで初めての場所に行くことを怖がる。人見知りならぬ“場所見知り”をするのだ。
私もその傾向はあるが、母のそれはもっと重度だ。たとえば、母はよく新聞の折込チラシを見ながら「平岡のイオンモールに行ってみたいのよね」と言う。
平岡は札幌市郊外にある街。実家も郊外にあるが、交通の便が良く中心部に出やすいので、わざわざ平岡に行くことはない。だからこそ、母は郊外型のショッピングモールに行ってみたいのだろう。実家から平岡のイオンまでは車で30分弱で、すぐにでも行ける距離だ。
「行けばいいじゃない」
「でも、右折で駐車場に入るタイミングがわからないから……」
実家から向かったとき、イオンは大きな道路の右側にある。つまりは然るべきタイミングで右折して駐車場に入らなければいけないのだが、カーナビを使いこなせない母は「右折のタイミングを間違えたらどうしよう」と不安らしい。私も右折に緊張するから気持ちはわかるが、母は30年も日常的に運転しているのに……。
「それに駐車場から建物に行くとき迷うかもしれないし、ひとりじゃ怖いもの」
いや、どれだけ臆病なんだ! 仮に駐車場で迷ったとしても、樹海じゃあるまいし、そこまで大変な事態にはならないだろう。
母の場合は方向音痴の問題ではなく、臆病がすぎると思う。
悲願のイオンモール
私が実家に帰っていたある日のこと。とある買い物の必要が生じ、母が地元の駅ビルへ行くと言う。暇だったのでついていくことにした。
母が運転する車の助手席で、私はふと言った。
「そういえばお母さん、前に平岡のイオンに行きたいって言ってたよね。これから買う物、イオンにも売ってるんじゃない?」
母は無言でなにやら考えていたが、やがて決意を固めたように
「……今から行ってみよう」
と言い、地元の駅ビルとは反対方向にハンドルを切った。
おぉ、あれだけ渋ってたわりに行くとなったら急だな!
母は懸念していた「右折で駐車場へ入るタイミング」もなんなくクリア。駐車場でも店内でも困るほどには迷わず、イオンモールデビューを楽しんだのだった。
帰り道、母は上機嫌で
「あぁ、ずっと行きたいと思ってたから行けてよかったわ~」
と言った。
「ずっとっていつから?」
「平岡のイオンができたときから」
え、だいぶ前からある気がするけど……。
後日ネットで調べると、平岡のイオンは開業から20年近く経っていた。いくらなんでも、行きたいと思ってから実行に移すまでが長すぎる。
呆れる私をよそに、“場所見知り”が解除された母は「もう大丈夫、次からはひとりで行ける」と満足そう。あんなに踏み出せずにいたのに、一歩踏み出してしまえばケロっとしている。
思えば私もそうかもしれない。行ってみたい場所になかなか行けないけれど、一度行ってしまえば次からはもう平気だ。私と母は間違いなく似た者親子なのだった。