今和泉 隆行
空想地図(実在しない都市の地図)を描く空想地図作家。通称「地理人」。近著は「どんなに方向オンチでも地図が読めるようになる本」(だいわ文庫)。

今和泉さんを怖がらせた吉玉の「不思議な地図」

吉玉 : 単行本の書き下ろしエッセイにも書いたんですけど、方向について、どうしても不思議なことがあるんです。

今和泉 : 心して聞きましょう。

吉玉 : 私の家から見て、左斜め前方に少し歩くとドラッグストアがあります。で、家から見て右斜め前方にしばらく歩くと「しまむら」があります。なのに、「しまむら」脇の小道を家と反対方向に進むと、なぜか近所のドラッグストアに出るんです。

今和泉 : 別の店舗ではなく?

吉玉 : 同じ店舗です。

今和泉 : なぜ!

吉玉 : それがずっと不思議で。イメージとしては家から遠ざかっているのに、家の近くのドラッグストアに出るんですよ。もう5年も住んでいて、しょっちゅう歩いているから、「この小道をいくとドラッグストアに出る」と頭ではわかっています。でも、いまだに不思議なんです。

今和泉 : 興味深いですね。それ、地図に描いてもらえます?

吉玉が描いた地図。「DS」がドラッグストア。

吉玉 : 黒い矢印が「しまむら」脇の小道です。グーグルマップを見たら、この小道はちゃんとドラッグストアのほうに続いているんです。なにも変じゃない。なのに、私はどうしても家から遠ざかってる気がするんですよ。

今和泉 : たぶん、最初に間違えて覚えちゃったんですね。私も経験があります。駅にある地図って、必ずしも北が上じゃなくて、壁のある方角が上になっているじゃないですか。駅前で見た地図を目に焼きつけた結果、たまたまそれが南北逆の地図だったんですよ。間違えてインプットしてしまったから、立ち止まるたびに脳内地図をさかさまにしなきゃいけない。大変でした。

吉玉 : そんな、一回見ただけじゃ脳内に焼きつけられませんよ。

今和泉 : 吉玉さんは、地図じゃなくて風景が焼きついちゃったんでしょうね。それより怖いのは、今描いてもらったこの地図、道が繋がってないんですよ。

吉玉 : この辺の記憶がぼや~っとしてて。行けばわかるんですけど。

今和泉 : 家の近所で、しょっちゅう行く場所なんですよね? それが繋がってないことの恐怖ときたら……怖いよ~!(笑)

吉玉 : あと、私のイメージではドラッグストアが近くて、しまむらがけっこう遠いんですが、地図で見たら等距離でした。

今和泉 : 吉玉さんは時間の感覚もないんですか?

吉玉 : あるはずなんですけど、なんででしょうね?

今和泉 : 私に聞かれましても……。

吉玉 : これも私が間違えてるんでしょうけど、小田急線町田駅のホームで新宿行きの電車を待っているとき、いつも想定してる方向と反対方向から電車が来るんです。私は、自分から見て右が新宿方面の気がするんですけど、逆なんですよね。

編集部・中村 : それ、不便ですね。先頭車両に乗っていたほうが楽なのに、最後尾に乗ってしまうから。

吉玉 : 先頭車両に乗っていたほうが楽……?

今和泉 : いや、吉玉さんは改札に近い車両に乗る発想がないでしょう。それはある程度、方向をわかっている人の思考です。方向音痴さんは目についた車両に乗り、目についた改札から出ます。

吉玉 : そうです、その通りです。

今和泉 : 私はせっかちなので、乗換時間を最短にしたいんですね。だから、たとえば本郷から渋谷の道玄坂方面へ行くときは、自転車で神保町まで行って地下鉄に乗ります。なぜなら半蔵門線は5分間隔で、丸ノ内線は4分間隔だから。間隔が違うとギリギリになったり待たされたりする。それが嫌なので神保町から乗るんですが、問題は、神保町で乗ると東側で道玄坂が西側なので、10号車から1号車までひたすら歩かなきゃいけないんです。

吉玉 : いまいち理解できていませんが、今和泉さんの頭の中に乗換検索のアルゴリズムが入っていることはわかりました。

奥が深すぎる空想地図の世界

吉玉 : 今回の『方向音痴って、なおるんですか?』は、方向音痴さんだけじゃなく、地図が好きな人にも読んでもらえたらなと思っています。今和泉さんのファンの方とか。

今和泉 : 私にファンがいるのかどうか……。

吉玉 : 人気じゃないですか! あと、空想地図を描く人とか。

今和泉 : それならたくさんいます。今、私以外の空想地図作家の地図を紹介する本を作っています。いろんな空想地図を描く人がいて、作者によって空想都市もさまざまなんですよ。

吉玉 : 空想地図を描く人って、そんなにたくさんいるんですね。

今和泉 : それはコロナの影響も多分にありまして。いろんな人がステイホームで暇になって空想地図を描き始め、それがまた凄いんですよ。

吉玉 : そんなところにもコロナの余波が……!

今和泉 : いろんな人が描いた空想地図を見るのも面白いですよ。「郊外のショッピングモール周辺ってこういう感じだよね~!」とか「お城の近くに役所できがち~!」とか。

吉玉 : 空想地図ってリアリティを追及する方が多いんですか? 作者の願望を込めたりは?

今和泉 : 基本的にはリアリティ派が多いです。でも、作者が育った環境は地図に影響しますよ。多摩地区育ちは多摩っぽさが出るし。

吉玉 : 「実際には絶対にありえない街」を描く人はいないんですか?

今和泉 : 私もあまり情報をキャッチできていませんが、そういう地図を描く人は架空言語界隈にいるんじゃないかな。

吉玉 : 架空言語?

今和泉 : 言語まで架空で作ってしまう人たちがいるんですよ。その中の一部が、空想地図もやっているのではと思います。

吉玉 : 架空言語界隈と空想地図界隈が重なり合うところがあるんですね。すごいベン図だ……。

今和泉 : 架空言語で描かれた地図は、他人から見たらなにが描かれているか全然わからないけど、作者の中では合理性と現実味があるんでしょうね。そういう人は、世界の成り立ちに興味があるんだと思います。

吉玉の地元・札幌の“執念”とは?

今和泉 : 吉玉さんは札幌出身ですよね。札幌の人が描く空想地図って、札幌っぽくなるんですよ。

吉玉 : 距離の感覚が違うとかですか?

今和泉 : それもあります。札幌は1つの地名が及ぼす範囲が広すぎるんです。たとえば琴似(ことに)。琴似だけで小学校の校区がいくつあるんだかってくらい広い。

吉玉 : 本州は違うんですか?

今和泉 : 本州は1つの校区に3つくらい地名があります。たとえば本郷なら、本郷の範囲はすみずみ歩けるけど、琴似をすみずみ歩こうとしたらかなりの時間がかかりますよね?

吉玉 : 本州のほうが細かく区切られているんですね。

今和泉 : あと、札幌って道が碁盤の目になっていて、住所が条・丁目じゃないですか。札幌の人が描く空想地図にもその傾向があらわれます。あの住所、私は覚えにくいんですよね。

こんにちは、いつも迷子のライター・吉玉サキです。突然ですが、私の出身地は北海道札幌市。ご存知の方も多いかと思いますが、札幌の中心部エリアはいわゆる碁盤の目状になっているんですね。地図を見ると、たくさんの縦の道(南北)と横の道(東西)が垂直に交差してるんです。そして住所は、南北を条、東西を丁目で表します。たとえば「南1条西4丁目」というように、南北・数字+東西・数字の組み合わせなんです。条・丁目を略して「南1西4」などと呼びます。この住所が、信号横のプレートに掲示されているんですね。なので理論上は、住所さえわかれば、地図を見なくても目的地にたどり着けるはず。でも、方向音痴の自覚がある私は、今までそういう冒険をしたことがありませんでした。そこで今回は、帰省がてら札幌の街を歩いてみました。前編では、幼なじみから指定されたカフェへ、地図を見ずに行ってみます。はたして、住所だけでたどり着けるのでしょうか……?

吉玉 : 東西南北と数字の組み合わせだから覚えにくいですよね。東京のほうが覚えやすいです。

今和泉 : 吉玉さん、すっかり本州ナイズされてますね。そう、東京は曖昧記憶が叶うんです。たとえば東京でタクシーの運転手さんに「カミナントカ町」って言ったら、神谷町だってわかってもらえる。だけど札幌で「北24条か北42条だったような……」って言っても、運転手さん困るじゃないですか。

吉玉 : 北24条と北42条、たぶん多くの方がイメージしてるよりずっと遠いですよね。区が違っちゃう。

今和泉 : 札幌で数字を間違えたら大変なことになる。東西南北を間違えても大変だし。でも、札幌市民はこの条・丁目住所がわかりやすいと言う。

吉玉 : 私の親や友達もみんなそう言います。

今和泉 : 札幌市民の条・丁目住所へのこだわりは恐ろしいですよ。たとえば札幌の○○地区、あそこは道が碁盤の目じゃないのに、住所を無理やり条・丁目に当てはめてるじゃないですか。

吉玉 : あ、そこ私の地元です。

今和泉 : なんと! ほら、見てください(ネット地図「マピオン」で該当地区を表示)。ほら、この道なんてぜんぜん縦横になってないのに○条○丁目って……。札幌市民の条・丁目への執念ときたら! そこまでする!?

吉玉 : 地元だけど、変だと思ったことありませんでした。

今和泉 : 吉玉さんもよければ空想地図を描いてみてください。

吉玉 : 私が描いたら道が繋がりませんよ。

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まさか実家のすぐ近くをグーグルマップで見せられるとは。

他にも、我が家の近所を走るバスについてのトリビアなど、「なんでそんなことまで知ってるんですか!?」とビックリする話をたくさん聞けて面白かったです。残念ながら、自宅バレするのでこれ以上は書けませんが……。

さてさて、次回は方向音痴エッセイです。お楽しみに。

文=吉玉サキ(@saki_yoshidama