日本で暮らして約30年、さまざまな飲食店での経験が味を支える
『油そば 力』の店主は、ミャンマー出身のアウン・アウン・ラインさん。アウンさんが来日したのは、1996年で20代のころだったという。以来、さまざまな飲食店で経験を積むうちに、自分でも店を開きたいと思うようになった。
「居酒屋に、ラーメン屋や焼肉屋など、さまざまな飲食店で経験を積みました。そこで日本の味付けや食文化などを身につけていったんです」
ミャンマー人であるアウンさんのアイデンティティと、さまざまな飲食店での経験から身につけた日本人にもなじむ味付けが詰まっているのが、『油そば 力』のメニューだ。実は高田馬場、在日ミャンマー人最大のコミュニティがあり、周辺にはミャンマー人が多く住んでいる。アウンさんはせっかく飲食店を開くならミャンマー料理も出したいと考え、『油そば 力』をオープンした。
「当時はまだ油そばブームが来ていなくて、出している店が少なかったんです。周りの店との違いも出せますし、油そばならミャンマー料理にも似たものがあるので、一緒にミャンマー料理が並んでいても違和感がないと思って、油そばの専門店にしました」
店名の由来を聞くと、開店当時のアウンさんの決意が感じられた。
「店名の『力』には、自分の力だけでやっていくという決意が込められています。最初は大変なこともありましたが、常連さんたちに支えてもらって、ここまで続けることができました」
ココナッツのまろやかな甘さとピリッとした辛味が癖になる油そば
『油そば 力』の特徴的なメニューの一つが、ココナッツ油そばだ。ココナッツミルクのほのかな甘さと鳥ガラのコクが合わさった絶妙な味わいでなんともくせになる。手作りの辛味ガーリックがピリッとした風味を出し、ピリピリとした辛さが口に残るのが特徴だ。揚げられたライスペーパーと固めに茹でた玉子も箸休めにピッタリ。
「ココナッツ油そばは、もっと油そばのバリエーションを増やしたいと開発したメニューです。ココナッツミルクと鳥ガラのバランスに気をつけたことで、ココナッツが苦手な人も食べやすい味になっています。辛味ガーリックは、ラー油を作ったときに出る唐辛子などを乾燥させてガーリックを混ぜたもの。辛いのが好きな人は、追加でかけることもできます」
他にも、醤油味、辛味噌味、塩味の油そばが揃っている。サイズも並盛から特盛まで選べて、たくさん食べたい時にもうれしい。
「ラーメンは塩味があるのに、なんで油そばには塩味がないんだろうと思って、塩味の油そばも作りました。あっさり食べられるので、女性の方にも人気です。油そばには全てスープがつきますが、これはミャンマースタイルなんです。スープがあると、いい口直しになるんですよね。チャーシューを茹でた時の汁に味をつけたものなので、あっさりしつつもコクのある味わいになっています」
他にも、ミャンマー風の油ビーフンや汁ビーフンなども楽しむことができる。どちらも実際にあるミャンマー料理を元に、日本人にも食べやすくアレンジしたものだ。ミミガーやガツなど、具材は本場のものを堪能できるのがうれしい。
日本人にはミャンマー料理を、ミャンマー人には日本の味付けを!
日本で暮らした年数の方が長くなったというアウンさん。日本の味付けを知っているアウンさんが、ミャンマー人の多い高田馬場でどちらの料理も提供する店を出すことに意味があるのだと語ってくれた。
「“ミャンマーの家庭料理を気軽に食べられる場所”として来てくれるミャンマーの方が多いんです。ミャンマー料理を食べにきた時に、日本の油そばのメニューを見かけて、次はこれを食べてみようと思ってほしい。日本の油そばを食べに来た人には、ミャンマーの料理に興味を持ってほしい。日本とミャンマーどちらの食文化も楽しめる場所でありたいんです」
アウンさんは、開店から1年ほどは集客に苦労したと語ってくれた。SNSの力で少しずつ口コミが拡散され、ミャンマー人を中心に客が客を呼び、たちまち人気店へと成長していった。
現在は、学生や留学生、オフィスワーカーなどさまざまな人が訪れるという。取材時も、日本人のサラリーマンもいれば、東南アジア系の女性なども来店しているのが見られた。
「3店舗目、4店舗目も準備を進めています。もっとたくさんの方に力の油そばを楽しんでもらいたいです」
年々進化を遂げている高田馬場。『油そば 力』は、そんな街で日本とミャンマーの食文化の懸け橋となるお店として存在している。ミャンマーと日本どちらの文化も知っているアウンさんが作り出した味を、ぜひ体験してほしい。
取材・文・撮影=古澤椋子