墨田区の観光スポットにほど近い「たばこと塩の博物館」
東京・墨田区にある「たばこと塩の博物館」は、スカイツリーのお膝元・押上(スカイツリー前)駅から徒歩12分ほどの場所にある。あれ、渋谷でしょ?と思った人、ちょっと待った!
実は、渋谷の公園通りからは2015年に移転している。現在の場所は「浅草~隅田川~東京スカイツリー」といった王道の観光ルートにも近いので、観光プランにも加えやすい立地となっているのだ。
ちなみに博物館裏手には、緑と水が楽しめる大横川親水公園もあり散歩にも最適な場所でもある。
江戸時代から明治前期のたばこ販売事情
かつてたばこを販売していたのは日本専売公社(今はJT)。聞き覚えのある人もいるかもしれない。しかし、たばこは、いつから「専売」だったのか? 明確に答えられる人は少ないだろう。
今回の特別展を手掛けた学芸員の青木 然さん曰く、「“たばこ屋の店頭”をテーマに5つの展示エリアをめぐり、“たばこを買う側”ではなく“売る側”目線で、『昭和のたばこ屋は、なぜ同じような店構えで同じようなショーケースを使っていたのか』を知ることができます」とのこと。
時代とともに売る側がどのような工夫をしたのか、専売制になった時に販売店はどうなったのか、今回の展示でわかるのだ。
1つめのエリアでは、江戸時代から明治前期までの専売前の「たばこ屋」風景を浮世絵で紹介しつつ、実際に販売された刻みたばこのパッケージなどが展示されている。確かに時代劇では、キセルにたばこの葉を詰めて吸っているシーンが思い浮かぶが、みんなどのように購入していたのかまで考えたことはなかったかもしれない。
「日本では江戸時代にキセルで刻みたばこを吸う文化が広がり、合わせて葉たばこを作る人、店頭で刻んで売る人、さらに職人を雇って刻みたばこを製造する業者も登場してきました」(青木さん、以下同)
そして明治時代、たばこ販売にはすでに税金がかかっていたとのこと! 税金は印紙で納めており、帯に貼るだけでは中身を入れ替えて再利用できてしまうため、紙包で包装し底面に印紙を貼って脱税を防いだそうだ。
販売競争で看板文化が盛り上がった明治中期
2つめのエリアでは、明治中期に使用された看板や定価表、たばこを売るための陳列台などが展示されている。明治維新後に欧米文化を取り入れ始めた看板デザインは、今見てもオシャレな雰囲気を持っている。
「明治中期頃には、紙巻たばこが普及し始めます。製造業者も大きな工場を建てて全国の卸売業者・小売業者と特約を結び販路拡大を進めていました。広告合戦の様相を呈したことで、目立つ看板も増えたようです」
なかでも目に留まったのが、現在でいうオマケカードみたいなもの。花札や動物、兵隊さんが描かれたカード風なものはいったい?
「たばこカードやたばこマッチは、たばこを買った人へのオマケでした。日本でたばこカードの制作をリードしたのは京都の村井兄弟商会でした。当時はカード欲しさに多くの人たちが購入していたようです」
なるほど、熾烈な販売競争をしていると今も昔もいろいろなアイデアが出てくることを実感する。
「たばこ販売の分岐点は、明治後期です。1904年(明治37)に、“煙草専売法”が施行され、たばこは大蔵省の専売局しか製造できないことになりました。これによりたばこの販売風景が大きく変わっていきます」
たばこ屋は、専売局の製品を全国統一価格で売る商売となり、派手な宣伝で販売競争をする意味はなくなってしまったのだ。
専売法で制限された大正期から昭和前期
専売法が施行されると、たばこの取引だけでなく売り方にも厳格なルールができた。3つめのエリアでは、関連資料も多く展示されている中、ひときわ目を引かれるのが、明治後期のたばこ屋店頭を再現した展示だ。
「明治後期は、小売人は煙草元売捌所からたばこを仕入れる形となりました。当時の煙草元売捌所については、資料が乏しい中、残っていた写真から復元しました。陳列しているたばこの一部は実物を展示しています」
4つめのエリアでは、販売する土地や同じエリアでの小売人数制限など厳しい専売制度の中、高度成長期から広がるたばこ屋の店頭風景の原型を展示している。
レトロ感たっぷり、高度成長期の店頭
5つめのエリアでは、いよいよ昭和後期のたばこ屋展示となる。昭和生まれの人は、記憶に残っている人も多いであろう写真と資料が展示されていて、レトロ感たっぷり。
今では考えられないが、当時は電車・バス、飛行機などの公共交通機関、デパート、会社内どこでもたばこが吸えた。街中には、至るところにたばこ屋があり、自動販売機も数多く設置されていた。たばこが吸いたければ、いつでも買えるし、どこでも吸えた時代。もう遥か昔の話の気がしてきた。
「みなさんが記憶しているたばこ屋は似た店頭だったはずです。これは専売制下で陳列方法が細かく決められていたり、ショーケースなどの設備を各地の小売人の組合が共同で購入したりしていたからです」
確かに日本全国同じような店頭だった。その理由を考えたことはなかったが、専売制が影響していたとは! あと切手を扱うため近くにポストがあり、公衆に利用されやすい業務を行っているとのことから公衆電話も設置されたそうだ。そして、あの見覚えのある風景ができあがっていったわけだ。
戦後、たばこの包装も湿度を一定に保つためにセロファンで包むようになり、ほぼ今の様相になる。
おお! たばこの空きパッケージで作った傘のペーパークラフト! 懐かしい……。これ家にたくさんあったよな~。
「これ知っていますか? 1970年代のオイルショック時に流行りましたが、オイルショックによる節約ムードとペーパークラフトがなぜ結びついたのかはよくわからないんです(笑)。パッケージを捨てずに再利用することがマッチしたのかもしれません。ノベルティも多く作られましたね。この頃は専売公社から小売店に支給されたり、各地の小売店の組合ごとに独自販促用品を作ったりしていました」
知命をとっくに超えた筆者には、たばこ屋風景やパッケージ、グッズなどは、見覚えがあり懐かしさがこみあげてくる展示となっている。そして、展示エリア最後には……。
昭和レトロなたばこ屋風景だけでなく、江戸時代からたばこを売っていた人たちの背景を理解できる展示内容。懐かしい! だけでは終わらないのがこの博物館。
ここでは紹介しきれない貴重な資料で、専売や組合、小売の制度について詳しく知ることもできる。喫煙者でも非喫煙者でも、観光ついでに立ち寄って古き良き昭和レトロを感じるだけでも十分楽しめる展示となっている。
週末、散歩がてら足を運んでみるものいいだろう。
特別展「たばこ屋大百科 あの店頭とその向こう側」
開催期間:開催中~4月7日(日)
会場:たばこと塩の博物館 2階 特別展示室
住所:東京都墨田区横川1-16-3
TEL:03-3622-8801
時間:10:00~17:00(最終入館16:30)
休館日:月
入館料:大人・大学生 100円 小・中・高校生・満65歳以上 50円
アクセス:私鉄・地下鉄押上(スカイツリー前)駅徒歩12分
https://www.tabashio.jp
取材・文=松田政紀(アート・サプライ) 撮影=玉井幹郎