創業は大正13年から四代続く『洋食入舟』
『洋食入舟』は、まるでおばあちゃんの家に来たような昔ながらの雰囲気がある。
それもそのはず、創業は大正13年(1924)。2024年で創業100周年を迎える老舗だ。現在の店主、松尾さんは四代目になる。
「建物も古く、守っていくのは大変なんです。老朽化対策はもちろんですし、毎日スタッフが念入りに掃除をして、古い建物でも内部は常に清潔になるようにしています」
たしかに建物は古民家であるが、中はとてもきれい。「古いから汚れていても良いというのは通用しないんですよね」と松尾さんは語る。
『洋食入舟』の人気メニューは入舟ランチB 1590円。クリームコロッケ、ロールキャベツ、サラダに天使のエビフライがついた一品。
しかし今回は、松尾さんおすすめのアジフライをいただきたい。入舟ランチは次回にとっておこう。
アジフライは驚きの一品だった
アジフライ1320円は、最近テレビでも取り上げられた人気のある一品。アジは、淡路島で獲られたものを使用しているのが特徴だ。
淡路島のアジは、定置網ではなく1本ずつ釣ったものを使用している。もちろんその分、獲る量も少ない。獲る量が少ないからこそ、手に入れるのも大変なのだ。
またアジは獲る場所によってまったく味が違うという。淡路島のアジが格別な理由は、1本釣りで一匹一匹のアジを丁寧に扱うためアジにストレスがかかりにくく、鮮度がいいこと。そして、淡路島周辺の激しい海流で育ったアジは身がしまっていながらも、ほどよく脂ものっているのだ。『洋食入舟』で仕入れているアジは、銀座や日本橋の高級なお寿司屋さんが仕入れるものと同じだそうで、それだけ新鮮で美味なこともよくわかる。
口に入れた瞬間「えっ!これがアジなのか?」。今まで食べたアジフライとはまったく違う。まず衣はサクサク、そしてふわっとしたアジの食感。口の中にアジの風味が広がっていく。くさみもなく、新鮮さがその風味でわかる。赤身魚に分類されるアジだが、白身の魚のようにさっぱりとしつつも、アジの味がしっかりとしていて、身も柔らかい。驚きだ。ここでアジフライを食べてしまうと、他のお店では食べられないかもしれない。
今回アジフライの尻尾を残してしまったことが悔やまれる。実はアジフライで鮮度などの違いがでるのは尻尾。尻尾を口に入れた途端、アジの香りがぐーんと鼻腔をつき抜けていくのが『洋食入舟』のアジフライなのだ。
素材へのこだわり
「古くからの味は守っていきつつ、自分の個性というものも出していきたいと思っています。以前素材にブランド物は仕入れていなかったのですが、自分の代からは特に素材にはこだわって使うようにしました」と松尾さんは言う。
『洋食入舟』は大森駅から徒歩10分ほど。わざわざお店まで来て下さるお客様に対して、普通のことをしていては通用しない。素材にこだわることで、お客様にも満足いただけるものを提供したいというおもてなしの気持ちがあるのだそう。
「今回のアジのように魚だけにこだわるだけではダメで、たとえばフライものであればパン粉にもこだわる必要がある、ひとつにこだわるなら全てにこだわる必要があります」と松尾さんは語る。素材にこだわると、なかなか利益を出すのも大変らしい。
それでも松尾さんは、お客様に喜んでほしいという気持ちで四代目『洋食入舟』を続けているのだ。
祖母の思いを受け継ぐ
そうした松尾さんのお客さんへの思いは、おばあさんから学んだものが大きいという。常に人に対する感謝の気持ちを大切にしていた人だったそうだ。
「身内に対しての感謝の気持ちってなかなか言えないし、ないがしろにしてしまいがちだと思うんですよ。でも祖母はお客様に対してはもちろん、身内に対しても感謝の気持ちを言葉にして伝えることのできる人だったんです。だから私もお客様に対して、感謝の気持ちと初心を忘れない気持ちの二つを大切にしています」
そうした思いを次の代にも伝えていくのだろうかと伺ってみると、実は松尾さんの代でお店は畳んでしまうとのこと。
「家族でお店をやっていくと、どうしてもぶつかってしまうことが多くなるんです。それがお客様に伝わってしまうこともある。それに私自身、息子との関係を壊したくない、仲の良い家族であり続けたいという気持ちが強くあるんですね」
『洋食入舟』は松尾さんの代で終わってしまう。常連さんにとってもとても残念だろう。
だからぜひ、今のうちに、大森に立ち寄ることがあれば『洋食入舟』で松尾さんの思いのつまった料理を堪能していただきたい。
/定休日:日/アクセス:JR京浜東北線大森駅から徒歩約10分
取材・文・撮影=アサノ カツヒト