常に人を気にかけ見守る、人情の街

目尻を下げながら、「変わったヒトが集まっちゃって〜」と笑うのは、『網代園』5代目の網代邦子さんだ。建て替えを機に敷地を複合施設にした『ajirochaya』では、美容院の店長さんが小径の脇に小さな池を人知れず手掘りし、メダカを泳がせる。また、ランドスケープデザイナーさんが石畳の小石を一つ一つ手で埋め込んだり、ユーロード側入り口の植栽を野趣に茂らせたり。密かなこだわりが満載だ。八王子界隈で子育て支援活動を続ける『こうじや八王子』店主の小金沢一実(ひとみ)さんによると、「八王子は我が道をひた走る人が多い」らしい。

「でも、そんな人たちをどんなときも助けてくれる人がいるのも八王子です。常に人を気にかけ見守る、人情の街なんです」。

クヌギやナラの雑木林が茂る『都立小宮公園』。南には赤い社が目印の弁天池があり、隠れた聖域との噂も。
クヌギやナラの雑木林が茂る『都立小宮公園』。南には赤い社が目印の弁天池があり、隠れた聖域との噂も。
巨大なタコ滑り台が目を引く『明神公園』。
巨大なタコ滑り台が目を引く『明神公園』。

我が道のヒトとなじみ非日常が日常になる

我が道を邁進するスポットといえば、『Brain Brunn GALLERY』だ。絵力のインパクトに圧倒されるが、マジック画×版画、日本画×陶芸と、既成概念にとらわれない表現に心奪われる。画家で創設者の溝渕ゆう子さんは「八王子の街と同じで、手法も感性も入り混じってるでしょ? 毎回、表情が変わって見えるなどの発見があるって耳にします」と、頬を緩ます。ピンポンとビル入り口で鳴らさないと入れない立地に驚くのは『JCANDLE』。店主の堀江樹里さんは、体験レッスンを機に自由に表現できるキャンドルの魅力にハマり、他にはない耽美キャンドルを制作。しかも、レッスンを通して同志を増やしている模様だ。ニッチな客層が集う『道程』ではまさかのカセットテープに再会。自主制作に多く「若い世代から今、注目されています」と、店主の樋口拓郎さん。「例え時代に逆行しても、失われた価値を提案したい」と、年配のご近所さんに最新の実験音楽をすすめる伝道っぷりも発揮する。

どこも駅から離れていたり、裏路地やビルの中だったり。街の中の隠れ家的存在ながらも門戸を開け放ち、仲間を引き込む姿はまるで誘蛾灯だ。

その精神は新しいスポットに限った話ではない。昭和6年(1931)創業の『仏壇の喜久屋』は、街を焼き尽くした八王子空襲で焼け残った「強運の招き猫」を持ち主からゆずり受けた。大正期の瀬戸モノであることを突き止めると、3頭身という珍しい招き猫を復刻。招き猫グッズまで作って、街の歴史とともに招き猫愛を熱弁している。また、『野口染物店』は、本業の藍染浴衣制作の傍ら、リピートしやすいリーズナブルな体験を開始。伝統技を身近で親しめる希有な場所だ。

空襲をくぐり抜けた「強運の招き猫」は『仏壇の喜久屋』に鎮座。
空襲をくぐり抜けた「強運の招き猫」は『仏壇の喜久屋』に鎮座。

ご近所さんや同志を呼び寄せるこの吸引力はどう育まれたのか。昔ながらの製法が今の時代、却(かえ)って珍しく日の目を見たと笑う『なかの屋』5代目・石坂順さんの「八王子は豊富な水の里」という言葉が心に止まった。改めて見渡すと、清流を集めてゆるやかに流れる浅川が目に入る。

「水辺があって水活も盛ん。のんびりと、日常と非日常の狭間を楽しめます」とは、『となりわ』代表の藤田佳久さんの言葉だ。こんにゃく作り、藍染の洗いなど、昔から脈々と続く豊かな水の恩恵は、暮らしのためだけにあらず、感性にも大いに影響している。非日常的な感性が街のあちこちで醸成され、新たに独特のセンスを持つヒトを育てる。そんなヒトたちがじわりじわり街の濃度を上げ、街全体に楽しさを散りばめているのだ。

♪「夕やけ小やけ」を口ずさみたくなる浅川。
♪「夕やけ小やけ」を口ずさみたくなる浅川。
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【八王子のおすすめスポット】

『道程』和室に上がり込んで存分にレコード探しを

和室レコード店『道程』では、店主自作スピーカーのいい音で聴ける。
和室レコード店『道程』では、店主自作スピーカーのいい音で聴ける。
ターンテーブルで好きなだけ試聴してOK。
ターンテーブルで好きなだけ試聴してOK。

DJ兼店主の樋口拓郎さんが裏路地の古家にコレクションを並べて2019年に開店。箱に詰まったレコード&カセットは、自主レーベル、内外の音楽仲間の作品、海外レーベル、中古など「北欧の実験音楽が増えてます」。手書きコメントも必読。

・15:00~21:00、月・火・水休。
・☎050-5373-8554

『こうじや八王子』線路沿いの路地奥民家でかなう腸活

「私は麹のお陰で肌荒れが軽くなりましたヨ」
「私は麹のお陰で肌荒れが軽くなりましたヨ」

店主の小金沢一実さんは試しに作った生甘酒で麹の力に開眼、2021年に開店した。テイクアウト専門だが、その場で補給できるウッドデッキが頼もしい。トマトこーじー380円のほか、味付けのこうじ納豆370円などのデリもファン多し。

・10:00~17:00、日・月・祝休
・☎090-3131-8286

『JCANDLE』ビル階上に潜む耽美な世界

「キャンドル作りのレッスンもあります」
「キャンドル作りのレッスンもあります」

ビル入り口でインターホンを鳴らして入店と、一見入りづらいが、扉を開ければゴシック系キャンドルの数々にため息。キャンドル作家の堀江樹里さんのアトリエ兼店で「灯は夕日の色温度と一緒だから癒やされるんです」。ギフトにもいい。3000円~。

・10:00~17:00、日・月・水・木休。
・☎050-5374-4574

『なかの屋』とろんと柔らかこんにゃくに感動

「ところてんと寒天も通年、作ってます」
「ところてんと寒天も通年、作ってます」

目を引く木造建築は明治14年(1881)創業のこんにゃく卸。祖父伝来の技に即した特注機械でバタ練りしたなべっここんにゃく165円は、全国のおでん屋や酒場から注文がひっきりなし。また、長野県・伊那産の粉寒天から作る寒天もブリブリの弾力だ。

・11:00~17:30、日・水休。
・☎042-625-0914

『野口染物店』藍染体験で自分好みの風合いを

着なくなった服の持ち込みもOK。
着なくなった服の持ち込みもOK。

200年続く老舗・長板中形の藍染浴衣工房が2020年より藍染体験を開始。発酵・熟成を重ねて育てた濃度違いの藍瓶で、染め→干しを繰り返す。奥深さにハマる人続出だ。一品2000円~。要予約。

・9:00~11:30・13:00~15:30(作業時間1~2.5時間程度)、不定休。
・Instagram:aizome_noguchi

『有隣堂 セレオ八王子店』歴史も山歩きも八王子本が充実!

「八王子通になれる昔話や怪談もあります」
「八王子通になれる昔話や怪談もあります」

中心に円形の児童書コーナーを据え、実用書、漫画、文具などが四方に伸びるユニークな造り。通路幅もゆったり広い。中でも八王子・高尾の本コーナーは必見。「見つけ次第、どんどん並べます」と話す店長の釣井高義さんの推しは『とんとんむかし』(揺籃社)1320円。

・10:00~21:00、不定休。
・☎042-655-2311

『Brain Brunn GALLERY』脳がブルンと動くアートたち

©2023 David Hodge, Marc Abe, KEEKS
©2023 David Hodge, Marc Abe, KEEKS
こっそり見守る守り神。天井を見上げみて。 ©2023 千葉由笑
こっそり見守る守り神。天井を見上げみて。 ©2023 千葉由笑

「八王子に現代アートを広めたい」と、油性マジック画家の溝渕ゆう子さんが、代表の小林雄人さんと2020年に立ち上げ。国内外の気鋭のアーティストによる作品が印象的で見入る。メインギャラリーの2階では企画展を開催。鑑賞無料。

・12:00~18:00、月・火休(祝は営業)。
・☎042-649-2497

『ajirochaya』伝統を伝承するモダン建築

「ユーロードに抜ける小路にメダカもいますヨ」
「ユーロードに抜ける小路にメダカもいますヨ」

明治24年(1891)創業の老舗茶舗『網代園』がプロデュースした複合施設。かつての店蔵をイメージしたモダンな建物に、呉服店、美容室が入る。明治期の蔵を残したくねくね小路を抜けると、草木茂るユーロード側。クラフトビア、日本酒酒場も入り、にぎやかさにひと役。

・☎042-643-0333(網代園)

『中華そば 弥栄(いやさか)』まろみのあるスープに感涙

ラーメンといえば基本は刻みタマネギと醤油味!
ラーメンといえば基本は刻みタマネギと醤油味!

西八っ子の店主豊岡茂樹さんが、名店『みんみんラーメン本店』で修業後、独立。八王子スタイルのラーメン780円をより磨き上げ、麺はつるシコ。スープは鶏・豚のガラに、昆布、野菜のうまみが凝縮され、体に染み入るよう。

・11:00~15:00・18:00~20:00頃(売り切れ次第終了)、月休。
・☎なし
・X(旧Twitter):248iyasaka

『ガレージランド ハープス』古道具店で宝探しに没頭

通ううちにお宝がひょっこり現れます。
通ううちにお宝がひょっこり現れます。

「昭和レトロが好きで」と、店主の小坂悟さん。看板猫のククちゃんが器用に商品を避けながらパトロールする店には、ラグジュアリーなソファ、人形、茶道具、古時計など、どれもリーズナブル。メンテナンスもバッチリだ。目を凝らしてお宝を見つけ出したい。

・12:00~19:00、月休。
・☎042-626-2747

『となりわ』昼間にビール片手の読書がサイコー!

昼はスキレット料理、夜はビストロ、アウトドアギアも販売する『となりわ』の前庭は、ビルの合間のオアシス。空き家再生の一環で開放され、酒類以外は持ち込み自由なのもうれしい。沼津の反射炉ビール瓶980円など、酒類は注文を。

・庭開放は10:00~16:00(14:15LO)、火休。
・☎042-656-8566

取材・文=林さゆり 撮影=井原淳一
『散歩の達人』2023年11月号より