作品のような空間。デザイナーのオーナーが立ち上げたカフェ
駅前の喧騒から離れた閑静なエリアで、約20年間営業を続ける『Mugs』。もともとグラフィックデザイナーとして会社勤めをしていたオーナーの井上博英さんが「自分が好きな空間を作りたい」と立ちあげたカフェだ。
駅から少しだけ離れた場所に店を構えたのは「この辺りは雰囲気が落ち着いているし、店のことを調べてわざわざ足を運んでくれる人が多いかなと思って」。その思いの通り、一度店に足を運んだ人はリピーターになることが多いという。
店内に入ると、置かれている一つひとつのアイテムに目を奪われる。チョイスは、もちろんすべて井上さん。店を開くにあたって集めたものもあるが、大半は個人的にコレクションしていたアイテムだというから驚きだ。
「インテリは国内外問わず、有名なデザイナーがプロダクトしたものを選んでいます。家具は、1900年代半ばに作られたデザイナーズ家具、いわゆるミッドセンチュリーと呼ばれるものです。あとはほとんどがヴィンテージですね」
クリエイティブな観点で作りあげられた空間は、まるで一つの大きな作品のようだ。
レアアイテムの宝庫。マニアも唸る希少なヴィンテージアイテムがずらり
「海外には数えきれないくらい行きました」というほど大の旅好きでもある井上さん。そのため何気なく店内に飾られているアイテムが、実は海外から手に入れた激レアなアイテム……という、マニアにとってはまさにレアアイテムの宝庫なのだ。
「僕はデザインオタクですが、航空グッズオタクでもあって。かなりコレクションしているんです」と語る井上さん。その中でもとりわけ存在感を放っているのが、テーブル席の中央に鎮座している仏像だ。
「これは90年代まで存在していたアメリカの航空会社のパン・アメリカン航空、通称“パンナム”がアジア路線を就航するときに、記念としてサービスカウンターに展示していたものなんです。タイのブッダにアメリカの航空会社のロゴが描かれているところがカッコいいんですよね」
パンナムグッズのコレクターにとっては夢のようなアイテムなのだろう。希少価値を知らないと「なぜココに仏像が?」と思ってしまうが、話を聞くと宝探しのようなワクワクとした気持ちになってくる。
希少な航空グッズは他にも。店で使っているカトラリーは、世界各国の航空会社で機内食を提供する際に使われていたヴィンテージ、あるいは使われずにいた新古品だ。
井上さんは「自宅にはもっとたくさんあります。たぶん、日本で僕が一番持っているんじゃないかな」と笑う。
カトラリーだけではなく、食器にもこわだりが詰まっている。厨房の奥にある食器棚には、アメリカのガラス食器ブランド、ファイヤーキングの食器がずらり。ファイヤーキングの食器は、80年代に生産を終了したあとも根強い人気を誇り、いまなおコレクターに愛され続けているアイテムだ。
料理やドリンクをファイヤーキングのアイテムで提供する店は、都内でもかなり希少。そのため器好きのお客もしばしば来店し「この色のマグカップを使ってほしい」などリクエストされることも珍しくない。
このような調子で、同店ではさまざまなお宝アイテムに触れることができる。コレクターやマニアにとってはたまらない空間なのだ。
未知との出合いが楽しめる、世界各国の料理やスイーツ
カフェのメニューは、井上さんが海外を旅するなかで出合った世界各国の料理やスイーツからおいしいと感じたものを厳選。ドリンクやスイーツはもちろん、しっかりとお腹を満たせる料理、お酒のおつまみにぴったりの軽食まで幅広い品ぞろえだ。
どれも現地のレシピを再現しつつ、日本人好みにアレンジしてオリジナリティも加えている。
「日本で人気の海外料理はよく注文されますが、聞きな慣れない料理もおすすめなんですよ」。
そう言われて頼んでみたのは、チベタンココアブレッド。チベタンブレッドという、ネパールで親しまれているスイーツをココア風味に仕上げたオリジナルのスイーツだ。現地のチベタンブレッドは白っぽい生地なので、黒色のチベタンブレッドが食べられるのはここだけだろう。
食べてみると、甘いココア風味の生地とさっぱりとしたアイスのコンビがマッチしていた。ザクザクとしたクッキーのような食感の生地も、食べていくうちにやみつきになる。食べ進めるうちにアイスが溶けてきて、しっとりとした食感に変わっていくのも楽しい。
しっかりと食べ応えがあるので、小腹が空いたときのおやつにはもってこいのスイーツだ。
カフェやランチに気軽に立ち寄れるのはもちろんのこと、旅好きやデザイン好き、コレクターの人たちにとっては、心がときめくアイテムとの思いがけない出合いがあるかもしれない。この店には、さまざまな人を惹きつける引力がある。
中野に足を運んだら、思わぬときめきを見つけに行ってみてはいかがだろう。
取材・文・撮影=稲垣恵美