懐石のお椀のひとつをイメージしたラーメン
JR新橋駅から徒歩6分ほど、昭和通りと海岸通りが交わる交差点近くの路地裏にあるラーメン店『麺処 銀笹』。2010年に日本料理の職人が店を立ち上げ、鯛飯を看板メニューに掲げ人気を博している。評判の鯛飯目当てに、行列覚悟で昼時に足を運んでみた。
券売機を見るとメニューはごくシンプルで、麺類はラーメンかつけ麺、味は塩か白醤油の2択。鯛飯をいただくなら塩ラーメンがおすすめのようなので、今回は塩ラーメン850円と半鯛飯220円のセットに決定!
鯛飯をお茶漬けにしていただく前にまずはラーメンを実食。透き通った黄金色のスープの美しさにうっとりしながら、まずはひと口。「ん? これは……鯛の味ではない?」。てっきり鯛出汁ラーメンだと思っていたのだが、「うちは鯛飯を出していますが、ラーメンのスープも鯛ってわけではないんですよ。鯛出汁ラーメンだと思って来られるお客さまも多いんですがね(笑)」と、店主の笹沼高広さん。あらら、それは失礼いたしました!
魚介系スープはあっさりした味わいながらもコク深い。「鶏と豚から出汁を取って冷蔵庫で一晩寝かせた後、余分な脂をすべて取ってしまいます。そこに昆布や煮干しの出汁を加えて、動物系と魚介系のダブルスープにしてるんです」と笹沼さん。どうりで後味がすっきりしているわけだ。
ほんのり桜色をした鯛のつみれは、と~ってもやさしいお味。「懐石に出てくるお椀をイメージして、つみれを入れてみました。ラーメンを汁物に見立てて、鯛飯に合わせてお出ししているといった感じですかね」。味の良さや仕込みの丁寧さもさることながら、全体のバランスがとてもいい。さすが和食の達人、鯛飯への期待感は高まるばかりだ。
濃厚な魚介系スープを注ぐラーメン店の鯛飯茶漬け
銀笹名物の鯛飯茶漬けはラーメンのスープを鯛飯にかけていただくのだが、スープをお茶碗に注ぎ入れる前に鯛飯をそのままいただきます!
この炊き込みご飯、香ばしい鯛のほぐし身が入っていて、ちょっと贅沢な気分を味わえる。お茶碗1膳分、あっという間に平らげてしまいそうになった。続いてお茶漬けにしてさらさらっとかき込むと、これまた美味。鯛の骨がまったくないのでとても食べやすい。
「鯛は頭ごと焼いて、白米と一緒に丸ごと炊き込むとおいしく仕上がるんですよ。ご飯が炊き上がったら鯛を取り出して骨を全部取り除いて、ほぐした身をまた戻して混ぜ込んでいます」と笹沼さん。お客さんにおいしく食べてもらえるように、ものすごく丁寧につくられているのですね。ところで、なぜラーメン店で鯛飯をウリにしているのだろう?
「以前、銀座にある高級料理店で働いていたんですが、その店では鯛茶漬けが人気だったんです。その頃から独立する際は鯛茶漬けを出す店にしようと決めていました。鯛茶漬けには鮮度のいい刺し身を使うんですが、同じもので勝負しようとしても名の知れた高級料亭には敵いません。銀座界隈で店を出すからには日本料理店ではなく思いきってラーメン店にして、しかも焼き鯛の炊き込みご飯で食べるお茶漬けにしてみたんです」。
名店の味に負けない看板商品を生み出そうと笹沼さんが試行錯誤の末に完成させたのが、このラーメンスープでいただくオリジナルの鯛飯茶漬けなのだ。
器や箸にも見られる和食の達人の粋なこだわり
日本料理の職人歴18年の笹沼さんだが、初めて挑んだラーメンの世界は難しかったという。「旬の食材そのものの味を引き出す日本料理に対して、ラーメンの場合は1年中、同じ食材を使ってコンスタントに同じ味を出さないとならないので、いまだに苦労するところはあります」と笹沼さん。
「スープづくりひとつとってもその日、手に入った食材の状態や水温などで出来が変わってくる」とは言うものの、繊細な感覚を持った職人の手にかかれば、そのおいしさにブレはまったくない。
元・日本料理の職人は器にもこだわりを見せる。ラーメン丼は笹沼さんが通っている陶芸教室の師匠特製の片口。「お茶碗にスープを注ぎやすいように片口にしようと思って、店をオープンする時につくってもらったんです。レンゲでスープをすくってご飯にかけるんじゃあ、なんだか味気ないじゃないですか(笑)」。
器のほかにも、竹細工のカゴに入って出てくるおしぼりや麺をつかみやすい竹箸、丁寧な案内表示など、笹沼さんの配慮が至るところに見られる。それとなく日本料理店の品のよさが漂っているのも、女性人気が高い理由のひとつなのだろう。
「オープン以来、女性のお客さまが多いのには驚いています。女性お1人でも気兼ねなく入っていただける雰囲気の店にできて、うれしく思っています」。女性はもちろんのこと、小食気味の男性や普段はラーメンライスを注文することのない方に、ぜひおすすめしたい。『麺処 銀笹』の鯛飯茶漬け、さらさらっとイケちゃいますから!
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=コバヤシヒロミ