探求心をくすぐる隠れ家的な器店
青山学院の西門通り沿いにあるビル。さりげなく置かれた看板に書かれた『うつわ謙心』の文字で「ここに器店があるのだな」と気づく。
隠れ家的なギャラリーは、大人が3、4人ほど入れば満たされるこぢんまりとした空間だ。棚には、20~30名ほどの作家たちが手掛けた器が並べられている。日常使いできる器を中心に、作家の個性が際立つ、捻りのきいたデザインの作品が多い。
店主の佐藤さんが器店を始めたきっかけは、約11年務めた食器のレンタル会社での経験だった。当時は和食器のフロアで、主に雑誌や料理番組、デパートのカタログなどに掲載されるレンタル用のテーブルウェアの仕入れを担当した。
それまで「特に器への関心は高くなかった」という佐藤さん。しかし、仕事を通して作家の個性や思いが宿るさまざまな器と出合い、美しい見せ方や取引先のニーズに合った仕入れを研究するうちに、少しずつ器の世界に魅了されていった。
そんな中、いつしか「自分の器店を開きたい」という思いが強くなり、食器のレンタル会社を退職。その後は器ギャラリーで購入者目線での器の仕入れや販売を学び、2009年に満を持して『うつわ謙心』をオープンした。
店に置く器は、これまでの仕事で培ったつながりや縁を生かし、佐藤さんが気に入っていた作家に自ら声をかけて集めた。こうして佐藤さんの感性が率直に反映された器のみを販売する、唯一無二のギャラリーが完成した。
思わず手に取りたくなる、個性的なデザインの器たち
『うつわ謙心』に並ぶのは、繊細でシャープ、かつ個性的なデザインの器が中心。使い勝手よりも佐藤さんが感じた「面白さ」を軸に選ぶため、和食器の定番である茶碗はほとんどなく、陶磁器が中心で漆や木工は少ないなど、アイテムや素材によってバラつきがある。
その代わり「これは何だろう?」「どうやって使うのだろう?」と、思わず手に取りたくなる作品ばかりだ。また、季節感を意識せず通年使うことを前提とした作品がほとんどなので、純粋に自分の好みだけで気に入ったものを選ぶことができる。
佐藤さんは「気に入った作家さん、かつ自分が置きたい作品だけを置くようにしています。だから、お客さんにとっては優しくないかもしれません」と笑う。しかしその分、器の使い方など気になることは何でも気さくに答えてくれる。
少し難しそうに見えるデザインの器でも、佐藤さんが語る作品の魅力を聞いているうちに、たちまち自分の日常になじむイメージが湧いてくるから不思議だ。
また、お気に入りの作家目当てで訪れた人も「見たことのない作品がある」と驚くことが多いのだそう。器好きにとっては“思わぬ掘り出しもの”が見つかるのも、この店の醍醐味だ。
作家の器を買うのが初めての人は、店で月に1~2回のペースで開催される、一人の作家にスポットを当てた展覧会や「お茶」「珈琲」などのテーマが決められた展覧会に足を運んでみるのもいいだろう。
贈り物にはユニークな「酒器」がおすすめ
佐藤さんに贈り物や手みやげにおすすめのアイテムを尋ねてみると、比較的カジュアルに選べる「酒器がおすすめ」とのこと。多種類の酒器が並べられた棚には、個性的なフォルムの作品が並んでいる。
棚を眺めていると「たとえばこの酒器。見た目は持ちにくそうですが、まわすと必ず指にはまるところがあるんですよ」と教えてくれた。実際に持ってみると、確かに手になじむ。ユニークな酒器は、贈られた人のリラックスタイムを楽しく彩ってくれそうだ。
また、本来は湯呑みの作品を酒器がわりに買っていく人もいるそう。器には「用途が決まっている」と思いがちだが、人によって使い方はさまざまだ。
近年人気の台湾茶や中国茶用の茶器も、お酒を入れればオシャレなおちょこに。形式にこだわりすぎず軽やかな気分で選ぶことが、器を楽しむ第一歩なのかもしれない。
「磁器質の酒器は匂い移りなどがしにくいので、いろんなお酒を楽しめるのが魅力です。ただ、経年変化を楽しみたい方には向いていないんです。お客様の好みによって変わるから、器は難しいんですよね」と語る佐藤さんだが、その表情はとても楽しそうだ。
この店の器は、日常に溶け込みながらも毎日アートと触れ合うようなアクセントをくれる。器はつい使い勝手を優先してしまいがちだが、『うつわ謙心』では“直感で惹かれたものを買うワクワク感”を教えてくれる。
※掲載の商品は、取材時点(2022年3月30日)のもの。
取材・文・撮影=稲垣恵美