毎日食べたい、食べられる一杯を目指す
白い暖簾の店構えがいい。店内はカウンター9席のみ、狭すぎもせずバランスよい空間に手際良く注文をさばいていく店主の橋本健太朗さんがいる。時間は15時をまわったところ。
「取材用は、一杯でいいんですよね?」。
我々取材スタッフの2名が大丈夫です!と答えると、よかった、じゃあどうぞと入り口を覗いていたお客さんが入ってくる。
「ちょうど、あと3杯だったんですよ。これで今日の分はおしまい」
「15:20 本日は完売しました」というお知らせとお辞儀する猫の写真がSNSそれぞれに投稿される。
「日によるんですよ、昨日は雨だったから閉店まで残ってたし」と言いつつ、instagramをみると、開店を知らせる暖簾、閉店の猫、暖簾、暖簾、猫。
「確実なのはお昼過ぎまでだけどフェイスブックとツイッターとインスタグラムそれぞれに、開店と看板は都度投稿しているのでそれを確認してもらえれば」と橋本さん。「本当はあとこれくらいあるよとか途中経過もお知らせしたいけど、一人でやれるの今はここまでなんですよ」。
大勝軒の出身という事でつけ麺はやらないのかと聞くと、「(当初は考えていたけど)一人で回すのを考えると今のメニューでちょうど手一杯、当面はこのスタイルです」。
直前に来店した二人組もほぼ毎日きている常連さんとのこと。「旨いっす」とボソッと呟いてスープを飲み干す。
大ぶりの柔らかい焼豚、優しい魚介とんこつWスープ。今おいしいと思う味にチューンナップする
程なく差し出された特製らーめんは、一瞬小ぶりに見えた。いや、大きなチャーシューと整ったどんぶりの風情でそう見えただけで実際は「大盛りはやっていない」という理由がわかる、十分なボリューム。
カナダ産七色豚というナチュラルポークの肩ロースチャーシューはしっとり柔らかく、柚子胡椒をちょいとつけていただくとこれはビール待ったなしの一品料理もの。「おつまみで出してほしいというお声もいただくんですけどね。そうするとラーメンの分がなくなっちゃうから。」うーん、それもそうですね、しかし食べ応えある厚切りの大ぶり肉!
「大勝軒(の出身)ですから」と笑いながら答える橋本さん。
でもこのスープは、(大勝軒とは)違いますよね、と聞くと「渋谷の『はやし』さんが大好きで、研究しましたね」と、好きな店や影響を受けたお店の話をどんどん話してくれる。その気さくな気持ち良い接客のように、魚介とんこつWスープと分類されるスープは三河屋製麺の中太の麺によく絡んで、コクがあるのに重くなくグイグイと食べ進めてしまう。
お客さんが「足を運んでよかった」と思える毎日を積み重ねて
実は『大勝軒』時代は、シンガポール店の開店から携わったという。メニューにある辛味らーめんの辛味は、そこで出合ったマレーシア産の「チリパディ」という唐辛子の一種を使っている。別皿で添えるか、一緒にするかを選べるので筆者は前者で特製らーめんに足してみたが、これは少量でパチっと食欲を刺激する。これに岩海苔をトッピングするのが橋本さんのおすすめだ。
カウンターの上には、『東池袋大勝軒』のスタッフみんなの記念写真、SNSのアイコンは故・山岸大将とのツーショット。ここ『麺屋はし本』のラーメンは、これまで歩んできた道や出会ってきた師匠や仲間を敬愛した上で、今ここにいるお客さんや自身の惹かれるものに真摯に向き合う姿勢から生まれる味なんだろう。
暖簾を下ろした店内を覗いては去っていくお客さんも時折みえる。
「駅からはちょっとあるでしょう、そこを来てくれたお客さんが満足してくれるモノを出さないと。でも、中野は住んでる人も働いてる人も多いし(ラーメンの)選択肢も多いから気分に合わせてウチを選んでくれたらなと。毎日食べたくなる飽きのこない味でいられるようがんばってます(笑)」
実は2021年6月から18時だった閉店時間を16時に変更した。SNSを見てくるお客さんだけではないし、実際にこの時間位までの完売が多く、だからと言って無理に仕入れを増やすのも違うと考え抜いた決定だ。
好きなものを大事に、おいしいものを大切なお客さんに
ふと見ると、橋本さんの趣味である釣りの表彰盾がいくつも飾ってある。といっても一時期はバスプロだったという腕前、釣りの話題のときはまた違ったテンションでの会話にもなる。お客さんとの話のきっかけに置いてるんですよとは言うけれど、好きなものを追いかけて極める点では似ている部分もあるのかもしれないなと思う。
原稿を書きながらSNSをみると、最新は「完売致しました」の猫の写真。そのハッシュタグに「毎日食べれるラーメン」の文字がある。毎日100杯以上を差し出すその先には、大切なお客さんの笑顔がある。
取材・文=畠山美咲 撮影=荒川千波