イッセー&寅さん珠玉の劇中コント全5作
まずはイッセー尾形さん。出演シーン(全5作)のおさらいです。
〈第37作〉 ローカル線車掌
初登場はローカル線の車掌役。
「ほんの気持ちだ。取っといて」
と、車内精算の釣銭を渡そうとする寅さんと、それを拒むイッセー車掌との“袖の下いやいやコント”がドタバタ展開される。
イッセーさんの代表的な芸風(と筆者が勝手に思っている)“マジメに生きている普通の人が醸し出す可笑しさ”が堪能できるシーン。それも十八番の一人芝居でなく映画でだから、ファンにはたまりません!
〈第38作〉 おいちゃんの主治医
前述“マジメが醸し出す可笑しさ”の第2弾はお医者さん。おいちゃんの入院に際し、寅さんが心付けの品(ウイスキー?)を渡そうとするが、イッセー先生は生真面目に断るという“袖の下いやいやコント”。
お医者さん役のチョイ役と言えば第6作の松村達雄さんも秀逸だが、イッセー版は動きやテンポがコミカルで、よりコント的。ストリップショー全盛期の幕間のコントって、こんな感じだったのかなあ…と、つい思いを巡らせたくなる。
〈第39作〉 天王寺駅交番の警官
やけに世慣れした、大阪は天王寺駅交番の警官役。子連れの寅さんを誘拐犯と間違えるが、アヤシイ大阪弁を操るこの警官自身もどこか胡散臭い。
何も悪いことしてないんだけど、交番にいなかったらニセ警官と思われても仕方なさそう。たぶんこの国にはこんな警官いないと思う。
「ニッポンの現状、把握しとらんのじゃないか、アンタ」
寅さんに対してこう言うけれど、そりゃアンタのことでもある。
〈第41作〉 旅行会社社員
第39作に続く“何にもしていないのに胡散臭い人”の第2弾は、寅さんのウィーン行きの手配を請け負う旅行会社の社員。この人もマジメで、セリフも挙動も少しも変なところなどなく常識的なんだけど、なぜか胡散臭さがにじみ出る。
旅行社と言えばハワイ行きの代金を騙し取られた苦い過去(第4作)があるだけに、観る方(おそらく「とらや」の面々も)は警戒するが何も起こらず。疑ってゴメン。
ともあれ、存在だけで胡散臭い雰囲気を出せる俳優が、演劇界に何人いるだろうか?
〈第42作〉 列車内のガンコ老人
第37作に続く“冒頭列車シーン”、今回は席を譲られても頑なに拒む老人役。まあ、伝統の“袖の下いやいやコント”の派生型か。
イッセーさん出演シーンのうち随一のドタバタで、寅さんが真人間に見えるほどの変人ぶりに注目。
笹野だあー!笹野が来るぞー!
お次は笹野高史さんの登場!
出演シーンは全12作を数えるが、当稿では喜劇性の高いシーンに限定して紹介する。
除外する第38作(アパート大家役)、第39作(旅館の主人役)、第43作(泉の父の元同僚役)は、DVDでご確認を~。
〈第36作〉 下田の長八
笹野さんの記念すべき初登場は、いきなり怪しさ全開!演じる役はダチの寅さんいわく「下田の(裏社会の)ちょっとした顔」、その名を下田の長八と言う。
寅さんと比べても“その道”の本職っぽい風情がキョーレツ。この人はどんな半生を過ごし、寅さんとはどのように関わったのだろう。松竹さん、ぜひスピンオフ作品の製作を!
〈第37作〉 区役所結婚相談室 近ちゃん
このシーン、映画のワンシーンであると同時に、寅さん、源公、笹野さん(結婚相談員 近藤役)というゴールデントリオによるコントでもある。
源公ボケる。寅さんツッコミつつさらにボケる。笹野さん呆れるやらいじめられるやら、袖の下を渡され激怒するやら、もうタイヘン。
この第37作、どんなに長淵&志穂美に違和感があろうが、当シーンと前述のイッセー車掌シーンがあるから許しちゃう。
〈第40作〉 俊足ドロボー
泥棒と言えば第4作の財津一郎の空き巣が有名だが、笹野ドロボーもまた絶大なインパクトを放つ。
同作のオープニング。寅さん&ポンシュウ(演:関敬六)がバイをしている運動靴を、笹野ドロボーが試着のフリしてそのまま持ち去る。そして走る!走る!走る! 寅さん、ポンシュウ、若い衆(そのうち1人が出川哲朗)も追いかけるが追いつかない。
しかもエンディングで寅さんたちに偶然出くわして、また逃げる、そして走る!走る!走る!
泥棒って足が速くなきゃ務まんないもんなあ……と感心してる場合じゃない。笹野さん、なんて足が速いんだ!
〈第41作〉 不運の車掌
乗務していた列車が危うく飛び込み自殺に巻き込まれそうになる不運の車掌役。ここの見どころは列車内ではなく、むしろ後半の宴会シーンだろう。
セリフもなく、画面の隅に映り込んでいるだけなのに、ベロンベロン酔っ払ってカラオケをする演技が絶妙! 歌っているのは『浪花しぐれ 桂春団治』らしい。選曲シブイねっ。
〈第42作〉 おっさんずラブ(一方通行)
怪優・笹野高史の熱演、ここに極まれり! 笹野演じる偏狭的おっさんずラバーが、満男に合意のない性交渉を強要せんとする衝撃のシーンだ。
バイクの事故がきっかけで宿を共にした満男と笹野。その夜……。洗面所にシンクに転がるルージュ。バスタオルが落ちてあらわになる男の下肢。
それは恐怖への序曲に過ぎなかった。
「満男さん……、ね、満男さん……」
シーツにそっと滑り込む男の影。満男に迫る紅い唇。
「満男さん、初めてなの?違うでしょ?」
「大丈夫よ、大丈夫。ね、満男さん」
「みっちゃん、お金あげるから」
……詳細は作品を観ていただきたい。
ちなみにかつて筆者もその類いのお兄さん(?)に東上野のカラオケスナックで、操を奪われそうになった経験がある。
「ノブちゃん(=筆者)もその気があるから来たんでしょ」
い、いやノブちゃん、その気ないしっ!
外されるバックル。下ろされるジッパー……。そんな修羅場をなんとか振り切り脱兎のごとく逃げ出したのであった。
それだけにこの時の満男の恐怖が痛いほどわかる。よくぞ耐えた、よくぞ切り抜けた、満男!
〈第44作〉 怒りの釣り人
河原で語らう満男と泉。照れ隠しで満男が投げた石が釣り人(笹野)に命中。うーん、私見だが、ここまで必要性が感じられないシーンが全50作中にあっただろうか……。
そんなことは知らぬとばかりに、怒りの釣り人・笹野は早足で満男&泉に迫るっ。おっ、ビースト笹野(第42作)、再登場かっ。
逃げろー、笹野だあー。笹野が来るぞおー!
が、ビーストモード発動されず。残念! 恥辱でゆがむ往年の国民的美少女・ゴクミの顔を拝見したかった。
〈第46作〉 島の駐在さん
瀬戸内の離島(満男の家出先)の駐在さん役。見どころ島での宴会シーン。メンツは、笹野さんや渥美さんに加え、キレイどころで松坂慶子さん、特殊な名脇役の神戸浩さん。もう最高の顔ぶれ!
でもまあ、第41作といい、笹野さんには宴会が似合う。宴会シーンを演らせたら西田敏行(by『釣りバカ日誌』)か笹野高史かというくらいよく似合う。
ただシーン中、駐在笹野が流してた鼻血は何? 何かに興奮したの? やっぱり満男(第42作参照)? この鼻血の意味、誰か教えて~!
〈第48作〉 泉の婚約者の親類
結婚式を仕切る泉の婚約者の親類役。冠婚葬祭を仕切りたがるのは寅さんの性分だが、こちらはやや几帳面で頑固なタイプか。
48作にしてようやくストーリーと絡む役に当たった笹野さんでした。
〈第50作〉 2代目御前様
その後の「男はつらいよ」を描いた第50作『~お帰り寅さん』。ここで笹野さんが2代目御前様として登場したことは、祝福と感涙を禁じ得ない。
もちろん文句などつけようがないのだけど、敢えて言わせてもらう。ホントに御前様役で良かったのか? たまたま通りかかった下田の長八(第36作)、俊足ドロボー(第40作)、道男を襲ったライダー(第42作)とかの役(これらを“狂気の笹野3部作”と呼びたい)で、シラーッと登場させてくれたら、どれだけ笑えただろう。
まあ、いちファンの偏狭な願望、聞き流しておくんなさい。
コントのイッセー、ムービーな笹野
以上、イッセー&笹野のチョイ役出演シーンをみてきた。この両者、同じようなポジションと思われがちだが、よくよく比較してみると芸風の違いがハッキリする。すなわち、
コントのイッセー
ムービーな笹野
ってな感じだ。
イッセー尾形さんシーンは、一貫して劇中コント的。そのまま舞台で演じても成り立つくらい。
イッセー尾形さんは言わずと知れた日本を代表する一人芝居の演者。渥美清さんも1950年代に浅草・フランス座などでストリップの幕間のコントをしていた経歴を持つ。この2人のコラボっすよ、あなた!これを奇跡と言わずになんと言おう!
一方、笹野さんは、真面目から不真面目まで、常識から狂気まで、演じた領域は広い。そのなかでも、「走る」「闊歩する」「追いかける」など、広範囲に渡る動きが多く、映像的とも言えそう。
加えて数々の変態ぶりは、シリーズの既成概念をぶっ壊す衝撃シーンとして脳裏に焼き付いて離れない。
いずれにしても、いちシリーズ映画のいちシーンで、これだけ完成度の高い喜劇を観せられたらたまらない!松村達雄(第6作ほか)、財津一郎(第4作ほか)、芦屋雁之介(第27作)、レオナルド熊(第32作)、佐藤B作(第33作)、柄本明(第41作)などの出演シーンも含め、『男はつらいよ』シリーズは、まさに喜劇の博物館なのだ。
イッセー&笹野で意味なく笑う
『男はつらいよ』シリーズには、シーンごとに深い意味が隠れているケースが多く、ファンはときにそれを求めてしまいがちになる。
しかしイッセー&笹野のチョイ役シーンは多くの場合、ストーリー的には何の意味もない。その代わりに人間臭さが有り余る。
人がリアルに人を演じる際(たとえば友人の口振りや挙動を真似する際など)、時として人間臭い可笑しさがにじみ出る。
イッセー&笹野チョイ役シーンもまた然り。演じた役の生真面目さ、胡散臭さ、怪しさ、スケベさ、変態っぷりから漂う人間臭さこそがこのシーンの笑いの源泉となっているのだ。
「ねえ伯父さん、このシーンのさあ、作品にとっての意味ってなんだろう」
満男のように意味を求めちゃいけない。
「いいですか兄さん、このシーンが言わんとするところはですね、つまり…」
博のように理屈をこねちゃいけない。
ただただ純粋に笑っちゃおう。だってユーモア(humor)の語源はヒューマン(human)だと言うし。
幕外:葛飾区役所を探訪する
笹野高史さん演じる結婚相談員・近藤さんの勤務先・葛飾区役所。ここは第36作「~幸せの青い鳥」の作中、5分27秒もの間、喜劇的名シーンの舞台となった。その偉業を後世に残すべく当該シーンの各現場へ~。
シーン冒頭、案内板を手前に置き庁舎全体が映し出される。ここはどこか? なにしろ35年も前の作品だ。現存しているかどうかも心配……。駐輪場の守衛さんらしき方に、スマホの当該画像を観ていただきながら聞いてみる。
「ほぉー。確かにこの建物だよ。でも映している方向が違うねえ」
しばらく、あちこち親身にお付き合いいただいた後、
「やっぱり正面だよ。正面にまわってみたら?」
と助言をいただいた。正面にまわってみると、おおービンゴ!そして、あとがとー!
つぎに寅さん&源公が庁舎に入った際のシーン。内部から外の景色が映し出される映像だ。ここでも親切な案内係のお姉さん方が3人がかりで頭をひねってくれる。
庁舎外観より難易度が高かったが、
「このモニュメントは今でもあるから…」
と庁舎前に立つブロンズ像をヒントにアングルを特定!さすが案内係の肩書きはダテじゃない!
最後は近藤さんの職場である結婚相談室。ここは広報課で尋ねてみる。すると、
「当時と同じ場所かどうかはわかりませんが」
と指差す先を見れば「区民相談室」と書かれたプレートが!
おおー。映画と場所が一緒かどうか定かじゃないけど、近ちゃん、いそうなのよ。扉開けたら座ってそうなのよ。違和感ないのよ。近藤さんを感じられたことだけでもうじゅーぶん。
映画では、人情あふれる町として描かれている葛飾。それにたがわず、今回、突然のお願いに対応してくれた区役所の職員さんたちもまた温かい。さすが『男はつらいよ』の舞台! 見上げたもんだよ葛飾区~!
取材・文・撮影=瀬戸信保
〈了〉