「労働者諸君!」全シーンを振り返る

批判を承知の上で敢えて言う。

「労働者諸君!」シーンのない『男はつらいよ』なんて谷啓のいない営業3課(by『釣りバカ日誌』)のようなものだ!

どんなに魅力的なマドンナが登場しようと、どんなに秀逸な脚本であろうと、このシーンがなけりゃ駄々をこねたくなる。それだけ筆者にとって重要な評価ポイントなのだ。

その魅力・醍醐味を語るに当たり、まずは全シーン(含む関連シーン)を振り返ってみよう。

 

【第1作】(1969)

「あいつは大学出のサラリーマンと結婚させるんだい。てめえらみたいな菜っぱ服職工には高嶺の花だい」

「諸君!よっ残業か?けっこうけっこう!稼ぐに追いつく貧乏無しってね。ヘッヘッへ」

→惜しい!「(菜っぱ服)職工」「諸君」は登場するも、第1作では「労働者諸君!」は発せられず。ちなみにこの年の6月10日 、日本のGNP(国民総生産)が西ドイツを抜いて世界第2位に。時はまさに高度経済成長の真っ只中。

〈菜っぱ服〉
製造現場でよく使用される薄みどり色(もしくは緑がかったグレー)の作業服のこと。広義で作業服全般を指す。劇中の寅さんのセリフのように、からかうように使用される言葉でもあるが、現場主義の象徴として誇らしく使われる場合も多い。朝日印刷所においては上記のシーンでは着用していないが、第44~47作で博、第48作でタコ社長、博、中村君の3人の着用が確認できる。

【第4作】(1970)

「おーい、労働者諸君!今夜はオレのおごりだ。大いに飲もう!早く出てこい、野郎ども!ハハハハ」

→記念すべき初「労働者諸君!」は上機嫌バージョン。

【第5作】(1970)

「労働者諸君!やってるな!けっこう、けっこう、けっこう毛だらけ猫灰だらけ、お前のおしりはクソだらけってな。ハハハ」

「立て万国の労働者~。労働者諸君!今日から僕は君たちの仲間だぞ!共に語らい共に働こう!ハハハハ」

→1作に2度の当該シーン(2つとも上機嫌バージョン)、寅さん常套句「けっこう毛だらけ…」とのコラボ、メーデー歌引用など、いろいろ話題の多い第5作の「労働者諸君!」。作品のテーマが「労働」であることもあり、“労働者諸君的神作”か。

朝日印刷所のセットのミニチュア模型。2階のどこまでがタコ社長宅で寮なのか判別できませんが、寮の部屋の広さは6~8畳くらいでしょうかね?(「葛飾柴又寅さん記念館」)

【第6作】(1971)

「ケーっ、上等だよタコ!労働者諸君!稼ぐに追いつく貧乏無しか!けっこうけっこう、けっこう毛だらけ猫灰だらけ、おしりのまわりはクソだらけか!ハハハって来やがれってまったく!」

→不機嫌バージョン初登場。「稼ぐに追いつく…」「けっこう毛だらけ…」の名セリフが2つもコラボした豪華版。博が独立を計画したのもこの作品。

【第7作】(1971)

「労働者諸君!今日もまた残業かね。どうもごくろうさん。はぁ~こういう貧しい食物でごまかされて、奴隷のようにこき使われる君たちはかわいそうだな~」

→あんパン強奪シーンでのひと言。寅さんの好物であるはずのあんパンを指して、「こういう貧しい食物」とするあたり、からかい&ひねくれ感満載です。

〈集団就職〉
地方の新規中卒・高卒の若者が大都市の企業や店舗などへ集団で就職すること。1954年頃に始まり、1970年代には下火になった。本作冒頭では「元気でな!しっかりやるんだよ!」と集団就職の学生達との心暖まるシーンがあるけど、朝日印刷所での言動とは矛盾してないかい? まあ、どちらも寅さんらしいというコトで。

【第8作】(1971)

「いよ!労働者諸君!折からのドルショックにもめげず、今日も労働に従事してますか?ごくろうさん。ははあ、秋のお楽しみセールスか、大変だねえ」

→からかいバージョン。ドルショックという時事用語まで飛び出しました。寅さん、さしずめインテリか?

〈ドル・ショック〉
ニクソン・ショックとも。1971年8月15日(日本時間8月16日)にアメリカ政府が、それまでの固定比率による米ドル紙幣と金の兌換を一時停止したことによる、世界経済の枠組みの大幅な変化を指す。当時の日本経済にとって、最大の輸出先であったアメリカへの輸出が減少するのではないかという現実的で差し迫った問題であった。でも、零細の印刷所にどれだけ影響があったのかは不明。

【第9作】(1972)

「労働者諸君! 今日も1日、ご苦労様でした!明日はきっとカラッと晴れた日曜日だぞ!」

→上機嫌バージョン。シンプルで何気ないひと言ですが、隠れた名言です。「白い雲」「そよぐ風」、そして「晴れた日」…寅さんにはやっぱり似合う。

 

【第10作】(1972)

「労働者諸君、面倒掛けるねえ……」

→珍しい気弱バージョン

【第12作】(1973)

「あ、もし、労働者階級の皆さん、今日一日、労働ご苦労さん、ねえ」

→肉親のありがた味を感じ、改心した寅さんが「労働者諸君!」まで改める。
「あ、備後屋さん、お利口そうですねえ」(第21作)と並ぶ“にわか改心”名セリフです。(原典:「備後屋、相変わらずバカか?」)

【第14作】(1974)

「労働者諸君!おっ、一杯やってるか。今夜は僕も参加しよう!聞け万国の労働者~ハイッ!」

→第5作に続き2度目のメーデー歌引用。上機嫌バージョン。

【第15作】(1975)

「おい職工!なんだよ朝っぱらからガタガタガタガタ機械回しやがって!まだウチは客人が眠ってんだよ!ええ!タコに言って機械止めろ!このやろ。ったく。非常識な野郎だい。人の迷惑考えたことあんのか。いっぺんでも」

→ホントに機嫌が悪いときは「労働者諸君!」のフレーズさえも出てこないという好例。

【第16作】(1975)

「おい労働者諸君!君らもハンマーを捨ててペンを取れ!聞こえているのか?」

→本作のテーマ「学問」「己れを知る」に即した上機嫌なひと言。ベストオブ「労働者諸君!」を選べと言われたら、筆者は迷うことなくこれを選ぶな、うん。

【第17作】(1976)

「てめえら、とっとと工場行って働け職工!」

→「てめえら」という二人称複数、「職工」という職種名を使うんだったら「労働者諸君」を使えばいいじゃん!んもう残念!

【第22作】(1978)

「おい、こら、おまえ、相変わらず貧しく働いているのか、労働者諸君は?」

→5作ぶりの「労働者諸君!」は不機嫌バージョン。

 

「“ハイ”じゃないよ。いいか、おまえすぐ労働者全員を集めて、一隊は京成線の踏切近く、残る一隊は江戸川の堤近く残らず探せ!早く行け、早く!」

「なんだ、てめえら労働者!団結して来やがったな!この野郎!来い!」

「うるさいなあ。大きな声を出すんじゃないよ。バカだなあ労働者!」

→本作は第1次タコ社長失踪騒動において、職工たちを総動員したため絡みのシーンは多いも、「労働者諸君!」は結局1回のみ。緊急事態なので仕方ないか。

【第23作】(1979)

「よっ朝日印刷の労働者諸君!ささやかな憩いのときを過ごしておるか?よし、明日もまた労働に励んでくれ。ハハハ」

→唯一の社名入り「労働者諸君!」。からかいバージョン。

【第25作】(1980)

「労働者諸君!君たちの工場はいま倒産いたしました!」

→シンプルかつ強烈な不機嫌バージョン!ホントに倒産もあり得る時期(朝日印刷所暗黒期:1978~1981)だから、当事者は笑えないっつーの。朝日印刷所に朝日が昇るロゴ登場。

【第28作】(1981)

「労働者諸君!今夜は残業です!文句を言うことはありません。仕事があるということに感謝しなさい。町に幾多の失業者があふれているか!」

→からかいバージョン。『『男はつらいよ』名言集2』(キネマ旬報社)収録。

〈1981年の失業率〉
第1次オイル・ショック(1973)・第2次オイル・ショック(1979)後から日本の完全失業率は、以下のように高まりをみせている。
70年代前半:1.8%
70年代後半:2.4%
80年代前半:3.0%
80年代後半:3.3%
1981年は失業率が高騰する真っ只中。寅さんのご高説はおよそ的を射ている。さすが商売のプロ!
とは言っても「体(てい)のいい失業者」(第44作 タコ社長評)に言われたくないわな。

【第34作】(1984)

「労働者諸君!田舎のご両親は元気かな?たまには手紙書けよ!」

→70年代~80年代初頭まで、頻繁に見られた「労働者諸君!」も、この頃になるとめっきり減少。でも久々のこのシーンには、映画のセリフ以上に奥深い愛があふれている。

これは俳優 渥美清が、劇中のセリフを借りて、労働者諸君役の俳優たちを労ったのではと思うのは筆者だけだろうか。

最上級の「労働者諸君!」と言いたい!

『人生に、寅さんを。『男はつらいよ』名言集』(キネマ旬報社)に収録され、その「あとがき」で山田洋次監督自身が特にこのセリフだけを取り上げて、その思いを語っている。興味のある方はぜひご一読を。

【第38作】(1987)

「労働者諸君!ご苦労ご苦労、よく働いた!」(あけみ)

→久々の「労働者諸君!」はあけみの口から出て、周囲に笑いをもたらす。「労働者諸君!」や労働運動が笑い話や思い出になる時代になっちゃったんだね。

 

「おい!労働者諸君!相変わらず不幸せな毎日を送っているか?ハッハッハ」

→シリーズ最後の「労働者諸君!」は、からかいバージョン。すでに過去の産物的フレーズとなっていて、蛇足的な感じが否めません。

「労働者諸君!」セリフの傾向と分析

以上、「労働者諸君!」全シーンをピックアップしてみた。当該フレーズが発せられたのは全16回。

 

傾向を分類すると、
上機嫌:7回(4作、5作②、9作、14作、16作、34作)
からかい:5回(7作、8作、23作、28作、38作)
不機嫌:3回(6作、22作、25作)
気弱:1回(10作)

参考として、
準じる表現:8回(1作②、12作、15作、17作、22作③)
あけみの「労働者諸君!」:1回(38作)

となる。寅さんの職工たちに対する際の多様な気持ちが読み取れる。

「労働者諸君!」に潜む寅さんのキモチ

そもそも「労働者諸君!」なんてフレーズは、労働運動での演説などにに使われた常套句だ。もちろん我らが寅さんは自由なフーテン。労働者だとか雇用者だとか、貧乏人とか資本家とか、右とか左とか、そーんなもんはまったく関係ナシ。「労働者諸君!」のひと言だって、職工たちを茶化し、からかうために使っているに他ならない。

が、本音ではどうなのだろう。その豪放な言葉の裏には、寅さんの一抹の羨ましさが潜んでいるのではないか?

言うまでもなく、往時の朝日印刷所は、社長の自宅が併設されて、2階には住み込みの寮を有する町工場だ。仕事も寝起きも一緒、余暇には仲間同士でギターやハモニカ鳴らして歌ったり、恋の行方を語り合ったりする。

言い換えれば、会社が家、社長が親、同僚が兄弟……そんなコミュニティだ。

一方、我らが寅さん。15の歳に家出して、家や故郷を思い焦がれ、家族愛に飢えている。仲間は多そうだが特殊かつ微妙な距離感は否めない。そんな寅さんの(少々ひねくれた)羨望の対象が、朝日印刷所の職工たちだったのではないか。

寅さんとしちゃあ、素直に「仲間にして」なんてことは口が割けても言えない。それでつい「労働者諸君!」とか言って挑発するんだ、きっと。想像に過ぎないけど、痛いほどわかるなあ、そのキモチ……。

朝日印刷所2階の寮。歌ったり、泣いたり、笑ったり、怒ったり、故郷を思ったり…。青春の匂いがしますね~。(「葛飾柴又寅さん記念館」)

「労働者諸君!」の時代の終焉

でも時代には必ず終わりが来る。

「労働者諸君!」の時代は、いつ、どのように終わりを告げたのか。

基本的に「労働者諸君!」のセリフは、労働者諸君がいなければ成立しない、ひいては朝日印刷所の2階の住み込みの寮がなければ成立しないセリフだ。

では、朝日印刷所の寮が姿を消したのはいつか?

残念ながら映像ではハッキリ確認できないが、転機はやはり経営革新の時代に向けて導入したオフセット印刷機(第31作  1983)だろう。

オフセット印刷とは、従来、職工が1つ1つ活字をセットして行っていた製版(活版印刷)を(活字のセットを廃して)フィルムで行うようにしたもの。これで作業効率が上がり、現場では省人化が進んだ。

朝日印刷所でも従来数人がかりだった作業が、ゆかりちゃん1人でこなせるように。その結果、従業員が中村君、(島本)トシオ君、ゆかりちゃん、博の全4人となる(第32作)。それでも従業員が余剰であったらしい(第35作)。さらに第37作では若手のホープ・トシオ君が退職し故郷に帰った模様。彼が最後の住み込みの職工だったのか…。

そんな流れと歩調を合わすように、「労働者諸君!」シーンも第38作を最後に見られなくなった。1987年、バブル景気真っ只中作品だ。前述のように、同作であけみが寅さんに倣い「労働者諸君!ご苦労、ご苦労」と冗談めかして声をかけて笑いを引き起こしていることが、すでに労働者諸君の時代ではなくなっていることを暗示している。

労働者諸君を必要としたのは、この活版印刷機。1つ1つ活字をセットして製版し、印刷をします。(「葛飾柴又寅さん記念館」)

「労働者諸君!」の時代とは?

高度経済成長期の労働運動を象徴(揶揄?)するセリフとして定着した「労働者諸君!」も、時の流れと共に過去のものとなった。つまり時代と共にあったのだ。

現世に目を向けると、やれ効率だ、やれテレワークだ、やれ働き方改革とかなんとかやけに騒がしい令和の時代、職住が一体となった家庭的な町工場など絶滅危惧種。実体験は無いのだけれど、往時の職工を取り巻く朝日印刷所の環境は、どこか甘酸っぱさにも似た懐かしさ、温かささえも感じる。

「労働者諸君!」

あの時代は、寅さんや職工たちだけでなく、広く戦後の日本社会が“青春”と呼ばれる時代だったのかも知れない。

(了)

職工マニア垂涎の「労働者諸君Tシャツ」!このユーモアをわかってくれる人の前でしか着れません。たぶん。(柴又駅前の寅さんグッズ店「下町や」で販売)

取材・撮影・文=瀬戸信保

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