吟味した本節と、畑で穫れたおいしいそば粉
「おいしいかどうかは素材が8割、腕が2割」
店主の関場芳子さんはそう言い切る。そして、“本物”を提供するために、自分の目で確かめて自分の手で作る。とても手間のかかることだがこれしかない、という。
関場さんが選びぬいたそば粉は、国内の契約栽培農家の畑で穫れたもの。そば本来の甘味と香りが違う。打ちたての味を守り、気軽においしいそばを食べてほしい、という思いで毎日そばを打つ。
つゆに使う鰹節も、使う分だけを店内で削る。化学調味料を一切使わず、吟味した素材でつゆを作る。「自分の舌しか信じない」という関場さんの強い信念だ。
吟味した本節で作る辛口のもり汁と、それとは別に取ったかえしとかつお節で作るかけ汁、どちらも天然の味わいが豊かで好評だ。
辛味大根そばはきりりとしたおいしさ
まずは冷たい辛味大根そばをいただいた。そばは冷やしすぎると味がわからなくなってしまうため、適度な冷たさ。一口たぐると、しっかりと腰があり、なめらかなそばに大根おろしの辛さがいいアクセントになっている。つゆは鰹節の風味を強く感じる。甘めのそばに辛めのつゆのバランスがとてもよく、また辛味大根が混ざることで、後をひくおいしさとなっていた。
最後にそば湯で割って、辛味大根の入ったつゆを楽しんだ。
梅とじそばは、ふんわりとやさしい味わい
あたたかいつゆの中で、とじられた卵がふんわり浮かぶ。その上には梅干しと海苔とネギのみのシンプルなそばだ。卵を落とすタイミングから火を止めるまで、とじそばは目が離せない手間のかかるメニューだという。
絶妙なやわらかさで仕上がった卵は、つゆを吸ってとてもやわらか。やさしく香るそばとも絡みがいい。自家製の梅干しのさわやかな酸味が、卵やつゆの甘さをますます引き立て、ほっとする味わいだ。シンプルなあたたかさがあり、思わずつゆを飲みきってしまった。
交流の場としてのそば屋の役割
「『そば屋で一杯飲んで、そばを食べる』という江戸時代からのそば文化がテーマの店なんです。」
と関場さん。日本酒や肴のメニューが豊富なのは、人と人との交流の場でもあった、本来のそば屋でありたい、という思いから。
純米酒の銘柄は常時3種類ほどで、季節ごとに違う酒が楽しめる。また、肴は旬の素材がずらりと並ぶので選ぶのに悩むほどだ。「市場で見つけて欲しくなっちゃった」との言葉に誘われて、この日はいちぢくのみそ焼きをいただいた。新鮮ないちぢくに、そば味噌が絡み、甘さが一層際だつ。
海老天に使う天然車海老や、青森から産地直送で仕入れる生の本鴨、京都から仕入れるニシンなど、本当にすべての食材を吟味して提供する本格派の店だと実感する。
置かれた場所で一生懸命咲こう。という気持ちで
きっかけはそば打ち体験だった。そば粉に手を入れたときの気持ちよさが忘れられず、そば職人になりたいと思うように。
数々の有名なそば店で経験を積み、それぞれの作り方ややり方を学んでいった。その頃からずっと、本物の素材を使って本物のそばを提供したい、という気持ちを持っていたという。
「八幡さまに呼ばれたのかな」
天沼八幡神社にほど近いこの地に店を開いて約12年。職人としての経歴も長いと思うが、本人は「そばの道はまだ途中。これからも努力したい」と話す。
取材・⽂・撮影=ミヤウチマサコ、(※)は支給画像