バイトとして働き始めた3代目店主がWワークで守り抜いたもつ焼き店
JR有楽町駅から新橋駅方面へ線路沿いを歩くこと4分、高架下にポッカリ空いたトンネルの中に『もつ焼 ふじ』を見つけた。トンネル内にはもつ焼き店、天ぷら店などがひしめいている。トンネルの壁に練り込むようにして店を展開しているワイルドなシチュエーションが気に入った。
17時少し前になると、椅子やテーブルが並び始める。入り口のドアがないので入るタイミングに困ったが、「いらっしゃいませ!」と声をかけられ安心して着席した。店内をぐるりと見回すと、不自然に斜めになった天井や、頭上を走る電車の走行音が面白い。
それにしても、この店はどういうきっかけで開店したのだろう。3代目店主の五十嵐義幸さんと4代目で息子の貴洋さんに話を聞いた。
「先代から聞いた話だと、1953年ぐらいにここに店ができたそうですよ。実はある政党の議員さんの選挙事務所がはじまりで、そのあとにその議員のお妾さんがおにぎり屋さんを始めたそうです」と3代目店主の五十嵐義幸さんは話す。
飲食店としての始まりはおにぎり屋さんで、2代目からもつ焼き店となり、義幸さんがお母さんのように慕っていた女性が店を営んでいたそう。
「私は高校卒業後にある企業に就職したんですけども、1974年、19歳の頃からこの店でバイトを始めて、仕事が終わってから毎日のようにこの店で働いていました。それで1991年に3代目を継ぎ、平成から令和へ年号が変わるタイミングで自分が65歳になったので、息子に代を譲ったんですよ」
半世紀もの間、Wワークでこの店を守り続けてきた義幸さん。この店を愛してやまない理由を尋ねると、「時代と共に薄れていくモノはたくさんあるけど、ここは昔と全然変わらない風景が魅力ですよね。エアコンもないようなところなので夏は暑く、冬は寒くて過酷ですけどね」と言って、愛おしそうにもつ焼きの串をひっくり返す。
店の経営を4代目に引き継いでも、常連客にとっては義幸さんが焼き台に立つ姿が『もつ焼き ふじ』のトレードマークになっている。
店を継ぐと覚悟を決め、大工から転身した4代目
義幸さんから「アレ(貴洋さん)は学生時代に“店は継がない”って言ってたんだけど」と聞いたのだが、今はこの店でイキイキと働いている貴洋さん。
「20歳まで大工をやってたんですけど、仕事がないときにこの店へ手伝いに来てたんですよ。大工の仕事は基本的に1人で黙々と作業をしますが、この店で働いていたらお客さんが喜んでくれたりとか、目の前で反応が見られるのがすごくうれしくて、楽しかったんです」
その感覚が忘れられず、大工を辞めてこの店1本で働くことになった。「そのときには店を継ぐ覚悟はできていました」と話す。
「長くやっていくうちに自分にも家族ができ、友達も増えていきました。子供の頃から店に来ていたからもう、第2の地元っていうくらいこの街にいるんで。斜め前にある『天麩羅 天米(てんよね)』さんも家族みたいなもんですね」
長年培った人間関係からなる居心地の良さも、貴洋さんがこの店を好きな理由のひとつになっているという。
新鮮な国産の豚もつをイチから丁寧に下処理する煮込み&串焼き
ずっと2人の話に聞き入ってしまったけど、焼き台からもつ焼きの香りが漂ってくるし、そろそろ何か飲みたくなってきた。この店の名物は、1度も冷凍していない国産豚の新鮮なもつを炭火で焼いたもつ焼き、そしてもつ煮込みだ。
「もつ煮込みに大根や人参を入れたりする店もあるけど、うちはもつだけ。2種の味噌で煮込むのがこだわりなんです。もつ焼きだったら特にカシラとシロ。普通は頬肉とか使うんですけど、うちは豚のハラミを使ってます」
「シロは時間をかけて茹でて洗って下処理し、それを串に刺すために細かく切ってるんです。シロっていつまでも噛みきれないけど、うちのは柔らかいですから。タンとかレバーもね、昼から全部店で仕込んで串を打ってるんですよ」と、義幸さんが調理をしながら教えてくれた。
それじゃあ、アサヒビールから認定を受けた樽生達人・貴洋さんが入れる生ビール580円、もつ煮込み400円ともつ焼き(カシラ、シロ、レバー、タン、ハツ)各180円をください。
もつ焼きのタレはシンプルに醤油と砂糖、酒のみ。注ぎ足しながら使っており、濃厚なもつの旨味がタレに溶け込んでいる。
この店のドアがない解放感やトンネルを吹き抜ける風の心地よさを感じながらしばらく待っていると、テーブルに注文したものが次々と並べられていった。
頭上をドドン、ドドンと頻繁に電車が走る音がする。これが何よりも心地よいBGMだ。その音に鼓舞されるように生ビールのジョッキを傾けると、よく冷えたビールが喉を滑り落ちていく。ああ、今日も元気だビールがうまい!
そして、すかさずもつ煮込みに手を伸ばす。やわらか〜いもつはコクのある味噌で煮込まれており、臭みがなく脂がしつこくない。シャキシャキのネギがさらに食欲をかきたてる。
もつ煮込みの実力に感心しながらもつ焼きにも着手。義幸さん自慢のシロは、本当に柔らかくてプチンと簡単に噛み切れた。醤油ベースのタレがほんのり甘く、臭みのないレバーに旨味をプラス。
塩味のカシラ、タン、ハツはちょうどいい塩加減。それぞれの味わいを楽しみながらビールが進む。
ひと串、またひと串と食べ進めながら客席に目をやると、少しずつ空席が埋まってきた。「有楽町にオフィスが少なくなって、仕事終わりのお客さんが減ったけど、その代わりに外国人が増えました。この前、客席の9割が外国の人で驚きました」と義幸さん。
どうやら、丁寧に仕込んだもつ煮込みと炭で焼くもつ焼き&ビールの魅力は異国の人をもとりこにしているようだ。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢