全国から選りすぐった材料でつくるうどん
『うどん豊前房』の創業者は福岡県豊前の出身。オープンした1998年当時、うどんの専門店が少なかった東京でおいしいうどんをと、お店を開いた。しかし提供しているうどんは、豊前の味かというとそうではない。創業者が慣れ親しんだ出汁の味をベースに全国から選りすぐった材料を集めて1杯のうどんに仕立てている。
麺は岡山県の製麺所から取り寄せている。口当たりが滑らかな手延べ麺で、太さが均一ではないのが特徴だ。コシがしっかりしていて、喉越しもいい。
出汁は、温かいうどんと冷たいうどんで異なる。温かいうどんのスープは、ハッとするほど透き通っていて香り豊か。いりこと昆布で出汁を取り、酒と白醤油、塩のみで味つけしていて、味もスッキリしている。冷たいうどんには、かつお節と昆布でとった出汁を一晩冷やして、特製のかえしを合わせているとのこと。
この麺とスープをベースにアレンジを加えたメニューが揃う。看板メニューは、店の名前を冠した豊前房うどんだ。
丼の表面を覆うように中央に厚みのある京揚げ、左側にかまぼことちくわ、右側にさつま揚げが配置され、その上におぼろ昆布、生姜、青ネギ、白ゴマがのっている。
京揚げは大豆の味をしっかり感じるものをと京都南禅寺から取り寄せている。ボリュームがあって、たっぷり染み込んだ出汁の味が口の中で広がる。香りよく炙(あぶ)ったさつま揚げ、サクサクと歯切れのいいかまぼこ、プリッとしたちくわは下関から取り寄せている。おぼろ昆布は秋田のもので酸味がないのが特徴。歯応えにも頼もしさがある。一口ずつ食べていると「全部体によさそう」という言葉が頭に浮かんだ。
子どもからお年寄りまで食べ飽きない味を引き継いだ若大将
現店主の佐藤克明さんは若大将と呼ばれている。「シンプルな料理が多いのであまり手を加えずに、素材の持ち味で勝負をするようにしています」と話す。お店がオープンした翌年にアルバイトとして働き始めてもう20数年。2008年に先代から店を引き継いだ。
「お子さんからお年寄りまで、幅広い世代の方が来てくれます。長くやっているので、小学生のころから通ってくださっている方が結婚して、家族を連れてきて下さったこともあります」
毎日食べても飽きないとか、第2の台所だと言ってくれる常連客もいると嬉しそうに話してくれた。
昼は待ち時間が少ないようにと、うどんはある程度まとめて茹でているが、夜は注文を受けてから麺を茹でるため13~15分ほど時間がかかる。
その間に日本酒や焼酎と一緒に食べて欲しいと、夜には一品料理を用意している。おすすめはだし巻き卵。ひとりでも食べやすいハーフサイズもある。自慢の出汁がたっぷり含まれていて、箸で持ち上げるとふるふると揺れ、食べるとじゅわっと出汁とたまごの味わいが口の中に広がる。卵は黄身の色が濃くて味も濃厚なものを神奈川の相模原から取り寄せている。
「しっかりとった出汁が店の骨格です。むしろ出汁がないとなにもできません」と佐藤さんがいうとおり、京あげ小松菜との煮びたし、日替わり炊き込みご飯など出汁のうまさがものをいう料理が並ぶ。冷たいごまだれやポン酢にも出汁を使っているので、『うどん豊前房』に行けば必ず出汁を口にすることになるはずだ。
カフェのような空間に若大将の趣味をミックス
中目黒という立地には珍しいほど店内はゆったりしている。25年の間に何度か内装は変更。年月を感じる味わいと掃除が行き届いた清潔感が両立している。椅子やテーブルはまるでカフェのよう。よく見ると佐藤さんがファンだという東京ヤクルトスワローズグッズがところどころ置かれているのも微笑ましい。
創業者も女性のひとり客も入りやすいお店を目指していたという。それは今も変わらない。常連客だろうが初めて訪れる人だろうが、距離感は程よく保っていて、もちろんどの野球チームのファンでもウェルカムとのこと。
中目黒にあって身構えることなく、体に染みわたるような一杯を味わえる店は貴重な存在だろう。ランチはもちろん、夕飯にもほっとする味を求めて訪ねたいお店だ。
取材・撮影・文=野崎さおり