真面目に食べてもらえるのがラーメンのおもしろさと洋食出身の店主
目黒の駅前には、ビルの1階や地下が横丁のようになった飲食店街があるが、『麺屋 藤しろ 目黒店』があるのもそんなビルの中だ。目黒駅前の横断歩道を渡った勢いで坂道を下っていると、あやうく通り過ぎてしまいそうなぐらい近い場所にある。
『麺屋 藤しろ 目黒店』はもう10年あまりこの場所で営業している。店主の工藤泰昭(くどうやすあき)さんは、イタリアンやフレンチなどの飲食店で調理を経験したあとに、食べ歩いていたラーメンで店を開きたいと有名ラーメン店で修行。ラーメン店独特のオペレーションを学び、『麺屋 藤しろ 目黒店』を開いた。
「ラーメンは真面目に向き合いながら食べてもらえるのがいいですよね。一杯にその店のほぼすべてが詰まっているから。僕もこれまで味の秘密を探りながら、いろんな店で食べてきました」
洋食のレストランでは、そうはいかないと工藤さんは話す。その店が得意なメニューを食べた人からは、おいしかったと評価されるが、たくさんあるメニューの中にはそうとは言えないものもある。加えてレストランでの食事は、誰かと会うことも目的のひとつだが、ラーメン店はそのラーメンを食べることを目的に訪れることが多いものだ。
さらりとした芳醇系鶏白湯。つけ麺の中太麺はそのまま食べてもおいしい
工藤さんが手がけるラーメンは、芳醇系鶏白湯が自慢。『藤しろ』という上品な響きの店名は、“藤”は工藤さんの名前から、“しろ”は白湯からとって名付けた。
その店名にも込めた白湯スープは大山地鶏の丸どりと鶏ガラを白濁するように潰しながら8時間かけて炊き、味の濃いスープに仕上げている。特徴的なのが仔牛の骨スジ肉やローストした牛バラを焦がして加えていること。これはフランス料理のフォン・ド・ボーで用いられる手法の応用というから、さすが洋食出身。
ただし煮詰めているのは、どろっとしたスープにするためではなく、味を濃くし、さらに鶏から出る香りを感じてもらいたいからだそう。
「ポタージュのようなドロドロのスープを想像していらっしゃる方がたまにいますが、ちょっと違いますよ」
しらしめ油に焦がした玉ねぎとニンニクを加えた香味油も使っていることからも、香りへの意識が強いことが伺える。
ラーメンとつけ麺は麺が随分違って、ラーメンの麺は細くて低加水のいわばパツパツ系。つけ麺は中太で艶がある。製麺所まで違う。「つけ麺の麺は味が強いやつを使っています。そのままで食べてもおいしいんですよ」と聞くと、言葉に炭水化物好きは惹かれないはずがない。
ツヤツヤした中太麺の上に、卵と豚の肩ロースを低温調理した厚みのあるチャーシュー、のり、そしてカイワレ大根が品よく盛り付けられている。スープの方には、なるととネギ
焼き石でじゅっ。スープの温度と香ばしさが増す演出も
艶のある麺を口に運ぶ。滑らかで、もっちりとしていてコシが強い。太さがある分、小麦の味もしっかり感じられて、確かにおいしい。
スープは、焦がした牛スジを加えたことで味に奥行きが生まれている。さらにお酢が入ることで、複雑な味わいになっている。つけ麺のスープも決してどろどろした感じではないせいか、そのままもうひとくち飲んでしまいそうになる。
食べすすんだときに「焼き石を入れられますよ」と声をかけられた。温かく提供されたスープも水で締めた麺を入れながら食べていれば、冷めてしまう。スープ割りでいただく前あたりに焼き石を投入することで温め直すことができるのだ。焼き石と呼んでいるのは箸置きほどの南部鉄器。熱々になってスープに投入され、じゅっ、じゅわーっと音がするのも楽しい。
食事中のパフォーマンスとしてのおもしろさだけでなく、投入した後スープの味が香ばしく変わるのも興味深い。焼き石は一つの例で、工藤さんは根っからの料理好き。日々のラーメン作りはスタッフに任せている部分が多いが、ちょっとしたアイデアを試しては店にいる。卓上には生姜レモンと書かれた調味料もおいてあって、こちらはラーメン用の味変調味料。藤しろには、最後まで飽きないことはもちろん、ちょっとした味の変化も含めて楽しんでもらいたいという心遣いがあるようだ。
最初に作ったこの目黒店のほか、三軒茶屋と練馬にも支店を持つ『麺屋 藤しろ』。10年あまりの間には独立して店を持った元従業員もいるそうだ。
「茹で時間は5分だよと言われて、ただ5分茹でる人もいれば、麺とお湯がどんな風に当たっているかを考えながら茹でる人は違います。でもラーメンは、同じ作業を何度も何度も繰り返すので、料理に対して真摯で想像力があれば大丈夫」とスタッフたちに信頼を置いている。
仄暗いビルを入った奥にあるため、最初は足が向きづらいこともあるだろう。ところが女性一人客がかなり多い。つまりリピーターが多いということ。目黒駅付近で短時間でおいしい麺が食べたくなったら、通り過ぎないように訪れたい店だ。
取材・撮影・文=野崎さおり