JR蒲田駅ちかくにあるカウンターのみ13席のこぢんまりとした店
JR蒲田駅から徒歩1、2分。東口の駅前ロータリーの信号を渡り、居酒屋やカラオケ店が立ち並ぶ繁華街「蒲田東口中央通り」を入って、最初の四つ角右側に 『和鉄』はある。こぢんまりとした店構え。看板や幟(のぼり)は出ているものの、周囲は、見た目から派手でにぎやかな店が多く、うっかりすると見逃してしまうかもしれない。
店内はカウンターのみの13席だが、余裕をもって作られており、狭さは感じない。テーブルの上も広く、隣席との間隔も十分にある。店主の小林さんが最初に出店して以来、店の場所は同じで、店の作りも大きくは変えていないという。
魚介系ベースのあっさりだが濃厚な味わい。麵大盛り無料、ミニチャーシュー丼の無料サービスも。
『和鉄』のメニューは、中華そば(ラーメン)とつけそば(つけ麺)の2系統。
魚介系をベースに「動物系」のコクが加わったスープは、あっさりだが濃厚な味わいで、歯ごたえの良い中太の麺によくからむ。小林さんによると、「魚介系は、本来、“中毒”性はないのですが、ウチは1日3回食べに来たお客さんもいます」という。
中華そば700円もつけそば750円も、しょうゆ味が基本だが、味噌ラーメン750円や塩味細麺の鰹つけそば750円も好評だ。いずれも、200円増しの 「和鉄」にすると、大判の焼き豚3枚と味タマゴのトッピングが付く。つけそばは 「和鉄」にせずとも、つけだれに、焼き豚とメンマが入っている。
豚しゃぶおろしつけそば(2022年春)のような期間限定メニューや、季節の野菜のトッピングもある。
平日のランチタイム(11~14時)と、ディナータイム(18時半~22時)には、ミニチャーシュー丼が無料でサービス。また麺類の大盛も無料なので、食欲のある人にとっても、1000円以内でかなり満足できそうだ。
飲食業の経験ゼロから幾度も危機を乗り越えた「運が良かったのです」という言葉
「店を出して21年経ちましたが、いつの間にか、蒲田のラーメン店の中では最も古い方になってしまいましたね」
JR蒲田駅東口、西口、京急蒲田駅の周辺まで含めると50~60のラーメン店がひしめく都内でも有数の激戦地。様々な店が生まれては消え、続いている店であっても、味や店名、スタイルも変わってきた。
開店は2001年5月。「店の場所も、名前も、味も変わっていないという意味では、蒲田では、中華料理屋さんを除けば、ウチが一番古いのでしょう」
小林さんは40代の半ばで、脱サラして、この店を始めた。
それまでは「飲食業の経験はゼロ」。ただ、それまでの仕事が金融系だったために、飲食店とのかかわりは多かった。
「多くの店のバックヤードを見てきましたので、商売をきちんと続けていくということに対しては、それなりに目算がありました」。ラーメン店を選んだのは、「昔から好きで、よく食べ歩いていたから」。
同期の会社の友人と2人で開店を目指し、1年間、食べ歩きと家での調理で、研究を重ねた。
「特に中野の『青葉』さんと、新宿の『麺屋武蔵』さんには、徹底的に通い詰めました。で、検討を重ねた結果、『青葉』の魚介スープと同じ方向で行こうということになりました」
商売は、順調だった。
「開店後、割と早い段階で、ラーメン通として名高い一般のファンの方が、『美味しい』と評価してくださいました。“2ちゃんねる”でも話題になりました」。
インターネットでは個人ブログが普及した時代でもあり、ネット上の口コミで有名となった。その結果、テレビなどの取材も増えて、多くの番組で取り上げられたという。ある番組では全国で11位にランクされたこともあった。
行列店となって、売り上げも伸びたが、どんぶり勘定にはしなかった。
「食材の仕入れが、やはり経験がなかったので、ルートが分からず、築地市場から買い付けていました。しかし、どうしても原価率が高くなってしまう。そこで、自分の足で、調べて回りました」。
その結果、独自の仕入れルートも確立できて、収益が改善した。
「食材のレベルだけは下げる気はなかったのですが、築地は『ブランド』なので、実は決して安くはなかった。同じ品質か、それ以上のものでも、安く買い付けできるということが分かりました」。
商売は順調で、都内の他の場所にも出店した。四谷と蒲田駅西口、赤坂見附などだ。しかし、2008年の秋にリーマンショックが起きる。不況となったうえに、四谷店は交通規制の関係で人の流れが変わったことも影響した。
「四谷店と蒲田西口店は閉めました。ただ、幸運にもそれまでの(業績の)山が高かったので、あの不況を何とか乗り越えることができました」
多店舗化して、商売を大きくする方向からは、舵を切った。その経験があったから、東日本大震災や、今回のコロナショックも乗り越えてきた。
といって、『和鉄』の21年の歩み、ラーメン店としての努力を、小林さんは誇ったり自慢したりしない。
柔和な表情で何度も口にした言葉は、「運が良かったのです」。
「ラーメンの進化や改善というのは、作っている私たちからすれば『美味しくなりました』と言えるものであっても、お店を支えてくれる常連さんからすれば、『あれ、味が変わったね』ということになるかもしれません」。
今でも、味の研究は欠かさず、期間限定のメニューなども提供するが、一番心掛けていることは、「基本を大事にして、品質を落とさない。変なものを出さない。そのために『磨き続けること』」だという。
中華そば・つけそばという「幹」を磨きながら、味噌ラーメンや、鰹つけそば、季節限定メニューという「葉」も繁る『和鉄』。多くの人に選ばれ続けているのが分かった気がした。
取材・撮影・文=小座野容斉