『TSUMUGU CAFE』が始めた素食モーニング
台湾素食を味わえる専門店は、東京にすでに数軒ある。しかし本場と比べると、認知度や利用客が限られていることもあり、クオリティーは本場より10年以上遅れていると個人的には思う。美味しい素食体験は、台湾さんに行かないとできないか……と、あきらめていたところ、2021年の春、これぞという店がオープンしていた。ふふ。
最寄り駅は池袋の隣りの地下鉄要町駅。6番出口を出て右手、住宅街に続く心地よい緑道を進んで行くこと約5分。立教通りに出たら左手前方に、正面ガラス張りの落ちついたカフェが店を開いている。『台湾早餐天国(タイワン ザオツァン テンゴク)』である。店名の早餐とは朝食の意味。都内で台湾式朝食を出す店は九段の『台湾豆乳大王』など他にもあるが、素食モーニングというのは耳にしたことがない。朝食だから営業時間は朝7時30分〜10時、今のところ土日限定営業なのでご注意を。
見通しのよい店内は、天井に綺麗なドライフラワーの束が吊され、ナチュラルな板張りの壁とテーブル、電球の灯りは温かさを醸しだし、暗くなりがちな部屋の奥は天窓から自然光が差し込んでいる。明るくこざっぱりしていて、心地よく朝食を採ることができる。
元来ここは11〜22時営業の『TSUMUGU CAFE』が本体。台湾人の女主、吳さんと長男長女がご家族で営む店である。2019年5月オープン。こだわりの素食と台湾茶を供する点は『台湾早餐天国』と同じだが、『TSUMUGU CAFE』は素食慣れしていない日本人になじみやすいように、料理はハンバーガーやカレーなど洋食に仕立てる。一方『台湾早餐天国』は、内容をぐっと台湾寄りにした朝の部といったところ。2021年3月にスタート。経営もスタッフも同一である。
料理は、魯肉飯(ルーローファン)450円、粽500円、餛飩湯(ワンタンスープ)320円、大根餅310円、薄焼き玉子をクレープ状に巻いた蛋餅(ダンピン)各種390円〜、豆花各種400円〜、台湾式豆乳の豆漿(トウジャン)各種210円〜、本日の台湾茶210円が定番のラインナップ。食いしん坊2人で腹を空かせて訪れれば、一度であらかた試食できる。
素食はオリエンタル・ヴィーガンとも称される、仏教の戒律に端を発し発達した料理だ。肉と魚、五葷(ごくん/ネギ類、ニラ類、ニンニク,らっきょう、タマネギ)を一切用いないのが決まり(卵NGな場合もある)。ちょっと窮屈そうだが、そこは食いしん坊ぞろいの台湾人。「吃飯了嗎(メシ食った)?」が挨拶になる土地柄ゆえ、それらを使いさえしなければいいじゃんと、美味を追求しまくっている。五葷以外の素材で味を整え、大豆やコンニャクで肉や魚料理も見た目そっくりに再現。
『台湾早餐天国』の素食もまたしかり。台湾では、油とか使いすぎてくどいヤツにぶつかる事もあるが、そのあたりは健康的に品良く整えられている。
物足りなさや、味の不自然さは感じない
まずは魯肉飯。日本の食卓にも浸透しつつある、細かい豚の角煮を飯にぶっかけた台湾版牛丼みたいな料理だ。この店の素食の魯肉飯は写真の通りごく普通の見かけながら、その実タケノコ、大根、大豆ミート等で食感を含めて角煮を表現、味は甘辛の濃いめながら後味さっぱりに仕上がっている。
餛飩湯も一見地味ながら、ワンタンのまろやかな具の口触りがよく、なによりスープのうま味にうなる。粽(ちまき)も餅米の蒸し加減がよく、味にコクがあって、見事な味わい。
いずれも肉ナシである物足りなさや、味の不自然さは感じない。器の取り合わせもセンスよし。洗練された今時の台灣素食である。
店主・吳さんは20年来の吃素(チイスウ)=ベジタリアンで、台湾の古都・台南の出身。料理店などでの修業は特にないとの事だが、数々の小吃(軽食)の発祥の地として知られる台南のど真ん中、古都のランドマークである名跡・赤崁樓そばで暮らし、小吃ひしめく伝統市場に囲まれ育った食体験が、メニューづくりに多いに役立っているという。
料理の紹介を続けよう。素食仕様の台湾産ハムを加えた火腿蛋餅(ハムダンピン)は、ほどよい皮の焼き加減で、品の良い味に仕上がっている。台湾定番のピーナッツ粉と、クリームをトッピングした甘口の花生蛋餅(ピーナツダンピン)も、おめざのデザート感覚でつい手が伸びる。
蛋餅に飲物を付け合わせるなら、定番の豆漿(トウジャン)のプレーンタイプをまずはお試しあれ。ほんのり甘い素朴な美味さは、日本でなかなかお目にかかれない本場味なり。
間違えないよう繰り返しておくが、こういった朝食メニューは『TSUMUGU CAFE』の時間帯では提供していない(粽のみセットで提供1000円)。代わりにタルタルソースと大豆パテのササミ肉風の食感がマッチしたソイハンバーガー1000円や、厳選された台湾茶を、種類ごとに分け育てた茶壷(チャフウ)=急須で、美味な茶を肩肘はらずに堪能できる。写真は珍しい紅ウーロン茶700円。紅茶の風合いと中国茶らしくさっぱりした後味が魅力的。お湯を差して4回ぐらいは充分楽しめる。
ベジタリアンではない人にこそ、試してほしい
肉を使った料理を見た目そっくりに仕上げた素食ねえ、別にベジタリアンじゃないから、食べてみなくてもいいや……。
そう思われたとしても、ごもっともな話。でも、であれば、なおさら『台湾早餐天国』を試していただきたい。素食ならではの魅力は、見かけ以上に食後感にある。この店の素食は、美味くて胃がもたれないのだ。その心地よさは、朝食で食べてみるとより実感できる。素食モーニングとはうまいところに目をつけたもんである。
たとえば牛丼チックな魯肉飯は普通なら、よほど空腹でないかぎり、朝食の選択肢に入ってこないが、素食なら全然いける。
ベジタリアンでもない自分が台湾で素食を食べてハマったのもそのあたりに理由がある。オモシロくて美味くて、食後感がほどよい。食べ過ぎてもすぐ腹具合が整ってくる。
日本でベジタリアン料理と聞くと、健康志向の高い特別料理みたいな印象が少なからずあって心持ち敷居が高いけれど、台湾流なら必ずしもそうではない。現に『台湾早餐天国』では、素食とは知らずに利用して、舌鼓を打つ若いカップルもみかけた。値段も手頃に抑えているし、そんなさりげなく使えるのが魅力なのだ。
住まい近所でないと使いにくいかもしれないけれど、週末を心地よくスタートをできる。まったり心地よい台湾流のベジ朝食、もっと知られてほしいなあ。
取材・文・撮影=奥谷道草