年末といえば忠臣蔵。その舞台が両国に!

映画や歌舞伎などの題材としても取り上げられる『忠臣蔵』。主君のために仇(かたき)を討って散っていった忠実な家臣たちを描いた物語だが、そのモデルとなった赤穂(あこう)浪士の討ち入りの舞台が、江戸の幕臣・吉良上野介の邸宅跡である両国の本所松坂町公園だ。吉良の座像や家臣二十士の石碑が立つ園内で、例年12月の第2土・日曜に「吉良祭・元禄市」が行われ、地元住民のみならず全国から多くの忠臣蔵ファンが集まる。

時は江戸時代。幕臣・吉良上野介は天皇勅使の接待役を任命された赤穂藩主・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)に礼儀作法を指導する。しかし吉良は浅野を邪険に扱ったため、怒った浅野が刀で吉良を切りつける刃傷事件が江戸城内で発生した。殿中で刀を抜くのは御法度とされていたため、浅野は幕府に即日の切腹を命じられた。

当時は「喧嘩両成敗」が原則とされていたにもかかわらず、一方の吉良はお咎めなし。主君を失い領地までも取り上げられた赤穂浪士たちは大石内蔵助(おおいしくらのすけ)を筆頭に主君の無念を晴らすべく、一年後の元禄15年(1702)12月14日未明に吉良邸へ押し入り、ついには吉良の首を討ち取った。仇討ちのためとはいえ大名屋敷に押し入った赤穂浪士はその後、幕府に出頭し切腹となった。

「12月14日には各地で赤穂四十七士を供養する義士祭が行われ、両国でも1950年から行っています。忠臣蔵では意地悪なお殿様として描かれる吉良さんですが、地元三河ではいい君主だったと親しまれていたといわれています。そこで屋敷のあった両国では赤穂浪士だけでなく、討ち入りの際に亡くなった吉良さんとその家臣たちを慰霊する祭りがあってもいいのではと1972年から吉良祭が始まりました」と教えてくれたのは主催する松坂睦の丸山祐一郎さん。

吉良を守って犠牲になった家臣たちの石碑に手を合わせるための行列ができる。
吉良を守って犠牲になった家臣たちの石碑に手を合わせるための行列ができる。

衣料品や日用雑貨から名物グルメまで

当日は家臣たちの石碑の前に用意された焼香用の線香をあげて供養することができる。また「元禄市」と称して、公園前の通りには衣料品や日用雑貨、食品などの約80の露店がズラリと並ぶ。なかには本格的なちゃんこや名物の元禄そばなどもあり、地元グルメも見逃せない。8日(日)には樽酒の鏡開きが行われ、振る舞い酒もいただける。

「ぜひ現地で忠臣蔵の歴史の舞台がここなんだと感じてもらえたら。吉良邸跡だけでなく周辺には史跡も多くあるので歴史好きの方には散策も楽しいと思います。元禄市ではさまざまなお店が出るので、飲食や買い物も楽しんでくださいね」と丸山さん。忠臣蔵の舞台となった場所を実際に訪れ、生きた歴史を体感しよう。

約80の露店が並び、往時のにぎわいを思わせる元禄市。
約80の露店が並び、往時のにぎわいを思わせる元禄市。

開催概要

「吉良祭・元禄市」

開催日:2024年12月7日(土)・8日(日)
開催時間:9:00~17:00
会場:本所松坂町公園(吉良邸跡)周辺(東京都墨田区両国3-13-9)
アクセス:JR総武線・地下鉄大江戸線両国駅から徒歩5分

【問い合わせ先】
松坂睦 https://www.1214.tokyo/
取材・文=香取麻衣子 ※画像は主催者提供