舶来品を扱う「ハイカラさん」御用達の店
大正14年(1925)、花柳界でにぎわいをみせていた根岸に輸入雑貨を扱う店として創業。香味屋と書いて「かみや」。初代店主が「ハイカラ」で香水が好きだったことから屋号に「香」の字が付けたと言われている。
当時はコーヒー豆を扱っていたことから、芸者衆の希望でコーヒーと軽食を出すようになり、そこから洋食屋へ少しずつ姿を変えていったという。
商売人の街、下町ならではの営業スタイル
戦後間もなく、本格的な洋食店として現在の地で再開した。
一家総出で商売を営んでいる人が多い下町・根岸。食事の時間も、ランチタイムから外れた夕方になることも多く、そうした客の要望に応えるため、休憩時間をなくし、ランチタイム・ディナータイム関係なく、いつでも通常メニューを出している。伝統の「お出前」もその頃からだという。
丁寧に作られた目にも美しい洋食
一番人気はメンチカツ2200円。きめ細かいパン粉をまぶしたカツは、フォークを入れるとサクリと崩れることなく切れ、中から肉汁がにじみ出す。牛と豚の合い挽き肉も密度が濃く、脂も上品な後味。1週間かけてコトコト煮込んだというデミグラソースも香味野菜の味がきいている。ソースが下に敷いてあるので、カツのサクサク感を損なうことなく最後まで食べられる。これも心憎い気配りだ。
付け合わせマッシュポテトは、バターの風味が濃厚。すっとナイフが通るニンジンのグラッセも、美術品のように美しい。
ビーフシチュー3800円は「シチュー」と名がつくものの、トロトロになるまでじっくり煮込んだ牛バラ肉の塊肉に、デミグラソースとマッシュルームをからめた一品。中華のトンポーローや、和食の豚の角煮のようなスタイルだ。ホロホロと口の中でほどけるような柔らかさ。シチューというより牛肉そのものを味わう料理だ。
特別な日にもふさわしいおもてなし
扉を開けると迎えてくれるのは、蝶ネクタイに黒いスーツのサービスマン。白いテーブルクロスには一点のしみもない。さらに2階は、美術館や教会のようにアーチを描いた高い天井がある開放感あふれる造りになっている。記念日や、家族のお祝い事など特別な日にもぴったりな空間だ。
もちろん、ぶらりと訪ねてきたおひとり様でも歓迎される。上質だけど、老舗にありがちな堅苦しさはないのもうれしい。
副支配人の岡田晃さんは、近隣の他店で働いていたものの、自ら希望して『香味屋』に就職した。
「食べにきた時に、とても良い印象を受けました。ひとつの店で長く続けたい性分なので、募集していないのに『雇っていただけるなら』とこちらから電話して応募しました」
働きやすい雰囲気は、そのまま店の雰囲気へ繋がっている。
「何代にもわたって来てくださるお客さんがいるのはありがたいですよね。これからもお客様が安心して来ていただけるように努めます」
取材・文・撮影=新井鏡子