そしてインターネット上では、そんな「ウェス・アンダーソン映画に出てきそうな場所」を世界中から収集するコミュニティ『Accidentally Wes Anderson』が2017年に誕生。同サイト運営のInstagramは129万人超のフォロワーを集め、そこで投稿される写真は世界で大きなバズを生んできた。

本稿では、その『Accidentally Wes Anderson』の活動を書籍化した『ウェス・アンダーソンの風景 Accidentally Wes Anderson 世界で見つけたノスタルジックでかわいい場所』(ワリー・コーヴァル・編集、樋口武志・訳/DU BOOKS刊)を紹介。

「こんな場所に旅してみたい!」と思える景色が満載の1冊なので、海外への渡航もままならない今、本書でつかの間の“脳内海外旅行”を楽しんでみてほしい。

『ウェス・アンダーソンの風景』表紙の建物は、スイスのフルカ峠のホテル・ベルヴェデーレ。1964年には『007/ゴールドフィンガー』のカーチェイスシーンにも登場したそうだ。

監督本人も「僕が撮りそうな写真」と太鼓判

『ウェス・アンダーソンの風景』は約350ページの大著。世界の約200カ所の「偶然にもウェス・アンダーソンっぽい雰囲気になっている場所」が大きな写真とともに紹介されている。序文ではウェス・アンダーソン監督本人が「実際、僕が撮りそうな写真だ」との言葉も寄せている。

PANCAKES STAND | Krka National Park, Croatia | Photo by Cathy Tideswell | @yugenphotography_ | yugenlife.co.uk

ウェス・アンダーソンが「とくに行く機会を逃さないようにしたい」と書いていたクロアチアのクルカ国立公園のパンケーキ・スタンド。彼が映画で撮る建物は「フォントが愛らしい」のも特徴だ。

北朝鮮にも「ウェス・アンダーソンっぽい駅」が!

本書に収められている風景は、ウェス・アンダーソン映画の風景と同様、どこか懐かしく、愛らしく、そして美しい。映画のショットと同じく、真正面から左右対称に撮影された建物も多いが、そうした写真からは「この均整のとれた美しさを正確に伝えたい」「隅から隅まで眺めて堪能したい」という撮影者の喜びも伝わってくる。「建物を愛でる」ように撮られた写真が多いのだ。

GRAND OPERA HOUSE | Wilmington, Delaware | Photo by Evan Lober | @evan.blaine | squatch.us

こちらはアメリカ・デラウエア州のグランド・オペラ・ハウス。建設は1871年で、実はフリーメイソンの支部として建設されたもの(現在も建物内にオフィスあり)。建物の中央上部の窓はフリーメイソンの象徴である「プロビデンスの目」で、ほかにも随所にフリーメイソンの重要なモチーフが隠されている。そして建物内では心霊現象もよく起きる……なんて逸話まで本書の解説では言及。『ウェス・アンダーソンの風景』は写真を目当てに購入する人が多いだろうが、予想外に「解説がめちゃくちゃ面白い」本でもあった。

KAESON STATION, PYONGYANG METRO | Pyongyang, North Korea | Photo by Dave Kulesza | @davekulesza | davekulesza.com

こちらは北朝鮮の平壌地下鉄凱旋駅。北朝鮮の駅はどれも宮殿としてデザインされていて、地下110m以上の深さを走る路線は防空壕としても機能する……なんて逸話が楽しく、北朝鮮にも「偶然にもウェス・アンダーソンっぽくなった場所」があるのが何より愉快!

本書には世界各地の風景が収録されているので、通して眺めていくと「建物の色や形にはその土地の風土が表れているんだな」と感じられる点も面白い。やはり温暖な地域の建物は、色合いが鮮やかで色の組み合わせも軽やか。一方で寒冷な地域の建物はコントラストが強いものが目立ち、重厚な印象の建築も多め。そうした違いは読んでいて「なるほどな」と関心してしまった。

ROBERTS COTTAGES | Oceanside, California | Photo by Paul Fuentes | @paulfuentes_photo | paulfuentesdesign.com

こちらはアメリカ・カリフォルニア洲オーシャンサイドのリゾートコテージ。建物も車もビーチリゾートらしく明るいパステルカラーだ。

ナチス統治下も生き抜いた銀行の「美しさ」が伝えるもの

本書に登場する建物は美しいものばかりだが、「その美しさゆえに苦難の歴史を生き抜いてこれたんだろうな」と感じられるものも多い。

その一例が、ポーランドの都市・ヴロツワフの下記の建物。現在は「BGZ BNP パリバ銀行の支店」として使われている。建設は1827年で、19世紀の終わりに現在のモダンなスタイルに建て替えられたそう。なおヴロツワフは、約1000年のあいだにボヘミア王国、オーストリア=ハンガリー帝国、プロイセン王国、ドイツ帝国の一部となってきた都市だ。

BGZ BNP PARIBAS BRANCH | Wrocław, Poland | Photo by Giulia Mulè | @mondomulia | mondomulia.com

そしてヴロツワフは第二次世界大戦中に街のインフラの70%が破壊。1945年にドイツ帝国からポーランドに返還された際は、ドイツ人が住んでいた痕跡を完璧に消し去ろうと、街の建物は次々と破壊されたという。

だが、「この悠然とした優雅な建物が持つ歴史と美しさ」には敬意が払われ、破壊を免れた。その逸話に続く本書の文章が、とても感動的なものだったので、そのまま引用したい。

ナチスの残忍さ、ソビエトの圧政、共産主義の過ち、そして戦争の荒廃を目にしてきたとはいえ、この建物がそうした過酷な歴史の転換点を生き延びてきたという事実は励みになるものだ。この街は、私たちが誰もが美を理解する力を備えていることを証明してくれている――何かを美しいと思うその気持ちには、国籍も、国境も、いかなる制限も存在しない。この建物は誰のものでもなく、私たちみんなのものなのだ。
『ウェス・アンダーソンの風景』より

なぜ私達は海外に旅をしたいと思うのか。なぜその旅先で、歴史ある建造物や、美しい風景に触れたいと思うのか。上記の文章は、その疑問に対して一つの回答を提示してくれている。世界の都市の歴史・風土が表れた景色が多数収められた『ウェス・アンダーソンの風景』は、そんな海外旅行の喜びと楽しさをあらためて教えてくれる1冊でもあった。

文=古澤誠一郎