感動的なうまさだった生ビールの秘密……
2020年6月初旬。東京都でも緊急事態宣が解除され、数カ月間の外飲み自粛をついに解禁しようと考えた僕だったが、店選びについては当然、悩みに悩みぬいた。そして出した結論は、シンプルに昔から好きな地元の店であること。それから、居酒屋で飲めない期間に最も恋焦がれた味であった「焼きたての焼き鳥」が食べられること。その条件にずばり当てはまるのが、今回紹介する『ゆたか』だった。
僕が『ゆたか』に通いだしたのは、この街に引っ越してきてすぐのことだから10数年前。その当時から、メニュー表などの細部は変われど、渋い味わいに満ちた雰囲気はまったく変わらない。
もちろんこのご時世だから座席数は間引かれ、等間隔でアクリルボードが設置されたりしている。以前は常連客どうしがぎゅうぎゅうに肩を寄せ合って飲むような店だったから、ほんの少し寂しいけれど、今はそれが安心でもある。
この店の良さはなんだろうと考えると、その「真っ当さ」にあると思う。明るい接客、丁寧な仕事、清潔な店内、手ごろな価格できちんとうまい焼き鳥に、一品料理たち。そういう要素がこんなにも揃っている店が家の近所にあることは、酒飲みにとっての財産ともいえる。
カウンター席だけの小さな店だが、珍しく「J」の字のようにくるっと巻いて終わっていて、数人のグループなら、ここをテーブル席のようにも使うこともできる。
ここに来たらまず、生ビールを頼まなければ始まらない。キンキンの生をぐいっと喉に流し込む至福。
先述したとおり、僕が外飲み自粛期間を経て数カ月ぶりに飲んだ生ビールがこれだった。その時、「家で飲むビールではなく、店で飲む生ビールって、こんなに美味しいものだっけ!?」と感動したこと、きっと一生忘れないだろう。
ところが実は、それもそのはずだったのだ。前回この連載で「加賀山」を紹介したとき、覆面調査員による審査に、かなり高いハードルがあり、高品質のビールを提供していることの証明となる“The PERFECT 黒ラベル”の認定店であることを書いた。その際、ご主人はこう言っていた。「認定されるの、けっこう大変だったんですよ。このあたりだと他に『ゆたか』さんもそうだったんじゃないかな」。
つまり、情けないことに何も知らずに飲んでしまい大感動した生ビールは、最高品質の「The PERFECT 黒ラベル」だったというわけで、そう考えると我ながら、ベストなチョイスをしたといわざるをえない。
女将さんが「あの方がいるから続けられている」と語るのは
『ゆたか』は主に、女将の豊田きよ美さん、焼き場担当の永田渉(わたる)さん、いとこ同士であるというふたりがメインとなって切り盛りされている。ということは知っていたけど、今回の取材にあたり、あらためてお店の歴史をじっくりと伺うと、それはそれは興味深い話の連続だった。
現在『ゆたか』が入っているビルは、もともとはおふたりの祖母の持ち物だった。それが現在まで受け継がれているというわけだが、この場所で焼き鳥屋を始めたのは昭和50年のこと。
当時サラリーマンだった先代のご主人が仕事の関係で体を崩し、「何かできることを」と、脱サラして始めたのが焼き鳥屋だった。ただ、当時は飲食業に関しては素人。そこで親戚づてに、神田の焼き鳥屋で働いていた板前をひとりスカウトする。
その方に近くにアパートを借りて住み込みで働いてもらい、串の刺しかた、つくねの作りかた、と、ひとつひとつ教わりながら作り上げていったのが『ゆたか』の味。もちろん、最初のタレもその方の調合で、それが現在まで継ぎ足しで使われているのだそう。つまりこの店の味の基礎は、偶然出会ったひとりの料理人によって作られていたというわけだ。ちなみに今となっては女将さんもその板前がなんという店で働いていたかはわからないというから、なんだか逆にロマンを感じてしまう。
どれもボリュームがあり、外はこんがり、なかはジューシーな絶妙の仕上がり。塩もいいが、すっきりとした甘みのタレがまた絶品なのだ。
さらに驚くべき話も伺えた。豊田さんのご両親は残念ながらすでに他界されてしまったそうだが、店が開店して2カ月後にお手伝いとして偶然入った女性が、いまだ現役なのだそう!
その方は阿部峯子さんといい、豊田さんのご両親とともに、例の板前さんから料理や仕込みを習われた方。80歳を超えた今もお元気で、週に何度か午前中に店に来て、タレの管理や串打ちなどの作業をされているのだとか。もちろん他にもお手伝いの方はいて、仕込み作業は毎日行われているが、阿部さんの存在はとても重要で、女将さんいわく「同じ醤油を使っても、手が違うだけで味が変わっちゃうのよ。だからうちは、あの方がいるから続けられているの」。
そんな話を聞いたら、一度は会ってみたい! とお願いすると、「次は金曜日に来てくれる予定。おしゃべりが好きだから喜ぶと思うわよ。ぜひどうぞ」というわけで、お言葉に甘えておじゃまさせてもらうことに。
見るからに鮮度抜群のレバーを鮮やかな手つきで串打ちしていく阿部さん。お顔はつやつや、笑顔が素敵で言葉もハキハキ。とても80歳を超えているとは信じられない若々しさだ。
阿部さんの丁寧な仕事のあれこれを見せていただき、またまた感動してしまうのだった。
20年以上、おごらず真摯に焼き続けた焼き鳥の味
ちなみに豊田さんがお店を継いだのは今から20数年前のこと。
年末に先代のご主人が突然倒れ、常連客に迷惑はかけられないと、まったく別の仕事をしていた豊田さんと、その叔父が手伝いに入り、当時のアルバイトたちと協力してなんとか年を越した。年越しにあらためて先代と相談すると、「続けられるだけ続けてくれ」というのが希望だった。女将さんは「それで入っちゃったから、やめる機会をなくしちゃって!」と笑っていたが、石神井の街にこの素晴らしい店を残してくれていること、いちファンとして感謝しかない。
そこで料理人を募集するも、応募してくるのは当然、経験者ばかり。それぞれにこだわりもあるいっぱしの料理人を自分が使うことなんてできない。そう気づいた豊田さんは、これまた別の仕事をしていた、いとこの永田さんに白羽の矢を立てる。
永田さんの仕事は最初から丁寧だった。豊田さんの「なるべく先代と近い焼きかたで焼いてほしい」という思いに真摯に応える仕事ぶりだった。それが今にいたるまで、『ゆたか』の焼き鳥の味として受け継がれているというわけだ。
永田さんに「20年焼場に立って、どこかの時点で『掴んだ』という感覚になったりはしましたか?」と聞くと、笑いながら「いや〜、自分は最初っからそんなに変わってないですよ」との返事。そんな飄々としたスタンスでこの名人級の焼き鳥を焼いてしまうとは、かっこいいの一言。
ここは焼き鳥以外の一品料理もどれもうまい。「今日のお刺し身はマグロとタコか。どっちも食べたいな〜」なんて迷っていると、「盛り合わせにしようか?」と提案してもらえるのは個人店ならでは。
シンプルなチューハイに溶けだすしっかりとした梅干しの塩気と酸味がたまらない
表面に大葉を巻いて、甘めのしょうゆ味で焼き上げられたおにぎり。カリッカリの表面をかじると、ふわふわのご飯のうまさが口いっぱいに広がる幸せの味。ここに来たらシメにどうしても頼んでしまう。
店主からのメッセージ
「扉を開けるのにちょっと勇気がいると言われることは多いですよ。通勤でいつも前を通られる若い方が、『ずっと気にはなってたけどなかなか入れなかったんです』なんて。だけどうちはお土産もやってますから、その窓からお店のなかを覗いてもらってけっこうなんですよ(笑)。この間のれんを新調して、前の紺色から赤にしたのも、少しでも雰囲気を明るくしようと思ってのことだったし。
あとは、勇気を出して一歩! それしかないなぁ。今はコロナの関係で、どこのお店も扉を開けてるでしょ。そこからちらっと覗いて、雰囲気が良さそうだなとか、価格帯が自分に合ってるなとか、判断しやすいじゃないですか? そういう意味でもチャンスかもしれないですね(笑)」(豊田きよ美さん)
『ゆたか』店舗詳細
取材・文・撮影=パリッコ