街に出現した、大ちょうちんの描かれた看板

数年前、地元の閉店してしまったスナックの跡地が改装を始め、どうやら飲み屋になるっぽいことに気がついた。酒飲みとして無性にワクワクしてしまう瞬間だ。

前を通るたび「どんな店になるのかな~?」と気にしていたある日、店の正面に、巨大なちょうちんが描かれた看板が設置された。普通こういう場合って、本物のちょうちん、もしくは店名の入った看板、どちらかにするものだと思うんだけど。しかもそこには、有名チェーン店の『加賀屋』っぽくもある『加賀山』という店名が書かれている。若干つっこみどころの多いこの光景を、なんだかちょっとほほえましいような気持ちで眺め、俄然興味が湧いた。

そして、やがて開店したこの店を訪れてみた僕は、「もつ焼き屋の多くない石神井の街で、こんなにクオリティの高い『シロ』が食べられるなんて!」と大感激し、すっかりこの店のファンになってしまったのだった。

これがその看板。なかなかのインパクトでしょう?

今回の取材で久々に訪れた加賀山。店に入ってすぐ、店主、加山さんの誠実な営業姿勢を思い知った。というのも、厨房と客席、客席どうしの仕切りは厳重で、その上店主さんは常時フェイスシールド着用。その他諸々、最近訪れた店のなかでもトップクラスのコロナ対策がされているのだ。

お店の姿勢がわかるだけで少し安心できる。
もちろん換気もじゅうぶんに。
「フェイスシールドってものものしいでしょ? だから遊び心の落書き」(加山さん)

そんな光景が証明するとおり、加賀山の経営姿勢は徹底して実直だ。それは例えば、覆面調査員による認定にはかなり高いハードルがあり、高い品質のビールを提供していることの証明となる“The PERFECT 黒ラベル”の認定店であることにも表れている。

こちらがそのパーフェクトな生ビール!

家の近所でそんな生ビールが飲める喜び。貴重なこいつをごくごくごくー! っといく。ふとグラスをのぞくと、うまいビールの証し「エンジェルリング」がそこに。

これがエンジェルリング。

汗だくでたどりついた店で、キンキンの生ビール。これぞ人類が手にした最上級の喜びだろう。

お好み4品盛450円が、スタートにぴったり。

それぞれ300円~350円の、お新香、ゆず大根、もやしキムチ、ポテトサラダ、ガツ刺、ガツキムチ、コブクロ刺、コブクロキムチから4品を選べるお値打ち品。いろんな味を少しずつつまめて酒飲みにはもってこい。

さて今日は何にしようか……。膨大なメニューを前に悩むのが楽しい。

店名『加賀山』に込められた想い

これは通いはじめてからわかってきたことだけど、やはり加賀山は、あの『加賀屋』と関係があった。そして、実はあの印象的な「ちょうちん看板」にも理由があった。

『もつ焼 加賀山』が開店したのは、2015年6月。店主の加山好則さんは、もともとは和食の料理人だった。

もう30年以上も前の話、練馬にある加賀屋の改装計画にともなって、近くに仮店舗を借りて営業することになった。やがて改装が終わり、仮店舗のほうは、もつ焼だけでなく魚介類なども出していく新しい店にしようと「ぐっさん」と名を変えて営業を続けることに。その初代店長を務めたのが、調理師学校を出てから割烹料理屋で修行し、当時は和食の料理人をしていた加山さんだった。「ぐっさん」のあとも、加賀屋の三鷹店、荻窪店、練馬店や、また別の和食店などでも働き、最終的には三鷹の加賀屋に舞い戻ったそう。

ところが50歳を過ぎたタイミングであらためて自分の人生を見つめ直し、「この先どうしよう?」と考える。ちょうどその頃、まったく別の仕事をされていた奥様も、職場でストレスを抱えていた。そこで、「一緒に店をやろう」と一念発起し、加山さんが生まれ育った街でもある石神井公園に誕生したのが加賀山というわけだ。

独立にあたり、社長に「『加賀』の文字をもらっていいですか?」と相談して許しを得、それを本名の「加山」と組み合わせたのが店名の由来。あのちょうちん看板も、店先の大きなちょうちんが特徴の加賀屋グループへのリスペクトであり、場所がら設置が不可能だったため、あの形になったんだそう。そんな素敵な由来があったことを知らず、初めて見た時、くすりと笑ってしまってごめんなさい!

そんな人柄の加山さんご夫妻が作った店だから、すぐに地元の人気店となった。

1年ごとに有志から送られるというちょうちん。
常連たちから愛されている店だとわかる記念の品があちこちに。

初めて食べた時にもその美味しさに驚いたが、そんなストーリーを聞いてしまえばよけいにもつ焼きの重みも増すというもの。串の注文は基本2本ずつだけど、僕のようなひとり客には、おまかせ4本の存在も嬉しい。酒は、ホッピーに切り替えようかな。

もつ焼き、おまかせ4本450円。ホッピーセット450円。

左から、タン塩、シロタレ、レバータレ、ナンコツ塩。どの串も大ぶりで、見るからにジューシー。

『加賀屋』時代からのつながりがあるからこそいい肉を持ってきてくれるという業者から届くもつは、どれも上質。特に、何度食べても感動するシロは、熟練の焼き加減とあいまって、表面はカリッと、なかはふわっと、思わずうっとりしてしまううまさだ。

あえて加賀屋からわけてもらうことはせず、独自に調合して継ぎ足すこと6年目だというタレも、甘く深い味わいで、肉の旨味を引きたてる。

つくねのプレーン140円とイタリアン190円。

プレーンは、塩をふらなくても下味だけでうまいという自慢の品。確かに、ふんわりとした食感と鶏の旨味をシンプルに感じられて満足感が高い。イタリアンは、そこにケチャップとチーズを乗せて焼いた『加賀山』らしいアイデア品。

『加賀屋』の名物といえば、煮込みも忘れてはならない。『加賀山』では、特徴的な小鍋スタイルは継承しつつ、豆腐は注文が入ってからひと煮立ちさせて提供される。お店の規模が違うので、大鍋でグツグツと大量に煮込んでおくことができないからなのだそうだけど、だからこその端正な味わいがこれまたうまい。

にこみ400円(小サイズ280円もあり)。濃厚なモツの旨味と、つるんとした豆腐のハーモニー。

「最近テイクアウトを始めたでしょ? そしたらある常連さんが、『持ち帰った煮込みのほうが味が染みてて、店で食べるよりうまかった』なんて言うんですよ。失敗したな~と思って(笑)」と、加山さん。

いやいや、そんなことを言い合える常連がいることが、何よりの名店の証拠です。
バイス+ねり梅の、しそしそサワー(450円)。

料理はもちろん、ドリンクメニューも豊富なこちら。特にアイデア系のサワーは豊富で、話のネタに事欠かない。

のりチーズ350円。

家でよくつまみにしていたので何気なくメニューに加えてみたら人気となり、ついには常連さんから、「この店でいちばん美味しいあれちょうだい」とまで言われるようになったと、加山さんが苦笑していた一品。そんなメニュー名の横にさりげなく★マークがついているのもなんだかいい。

店主からのメッセージ

「初めての店ってのは、そりゃあ誰でも入りづらいですよ。私自身が気が弱いんで、そうなんですから(笑)。だから、最初は誰かに連れてってもらうというのがいいんでしょうね。それか、ひとりがこわければ、ふたりで行く。またはこういう時期だから、可能なお店なら予約をしておく。そうすれば店側としては、初めてのお客さんでも『この人は〇〇さんだ』ってわかるんですよね。

チェーン店なら値段もわかるし、味もどこも一緒だから安心、という考えも間違いではないと思うんです。でも極端な話、沖縄に旅行に行って、自分の家の近所にもあるチェーン店に入るのって、ちょっと寂しいじゃないですか。できれば地元の個人店に入ったほうが楽しいと、私は思ってます。ならば近所や自分の行動の範囲内でも、そうしてみると楽しいんじゃないかな。なにも取って食われることはないでしょうし(笑)。

私たち夫婦も毎週「勉強会」と称してあちこちに飲みに行ってます。いい料理と出合えば、『お、これパクれそうだ!』ってメモしたり。あ、ちょっと言葉が悪かったですかね(笑)。今はそれぞれのお店がコロナ対策をどうしているのかも気になりますし、『参考にさせていただきます』と思いながら。」(加山好則さん)

『もつ焼 加賀山』店舗詳細

住所:東京都練馬区石神井町3丁目28−4/営業時間:17:00~22:00LO/定休日:月・第2日/アクセス:西武池袋線石神井公園駅から徒歩5分

取材・文・撮影=パリッコ

東京を、いや、日本を代表する名酒場『ふくべ』を初めて訪れたのは、そう若い頃ではなく、今から2~3年前だっただろうか。尊敬する居酒屋研究家、太田和彦さんが著書や酒場探訪番組で紹介する定番のお店で、こんな世界があるんだとずっと憧れていた。けれどその圧倒的な風格に、とても自分のような若造がふらりと入れる店だとは思えず、どこか別世界のような気持ちで見ていた。 
北千住駅のある東京都足立区は、僕のような東京の西側出身者である酒飲みからすると、どうしても憧れを抱いてしまうエリアだ。煮込みの名店『大はし』があり、関西スタイルの串カツを東京にいち早く伝えた『天七』があり、クオリティの高い和食を立ち飲みで楽しめる“割烹くずし”の『徳多和良』があり、その他無数の名店と呼ばれる飲み屋がひしめく、いわば下町の聖地。中でも、西口駅前の飲み屋街にある『千住の永見』は、街を代表する名酒場といって間違いないだろう。
20代の前半から30歳になるくらいまでだから、ちょうど2000年代ということになるだろうか。僕は、とにかく高円寺という街に入り浸っていた。当時は実家に住んでいたものの、駅前にちょっとした溜まり場になっている友達の家があり、行くと常に誰かがいる。その知りあいがそのまた知りあいを連れてきたりして、どんどんよくわからない人の輪が広がっていく。それがおもしろくて、とにかくいつも、誰かしらとワイワイ酒を飲んでいた。当時は会社員をしていて、ふり返って見るとかなりのブラック企業。日々理不尽な仕事に追われヘトヘトだった。今ならば、まずは休息が第一と考えるところけど、その頃は今よりもずっと体力があったので、とにかく酒を飲んで騒ぐことが最重要事項だったのだ。例えば週末、昼間からその友達の家で飲み始め、夕方くらいになると、気分を変えようということになって街に出る。そこで向かう頻度が圧倒的に高かったのが、高円寺でくすぶる金のない若者たちの受け皿『あかちょうちん』だった。