戦後まもない1949年創業の老舗中華料理店

「昭和を食べ歩く」をテーマにはじまった本連載。第1回は、キングオブ昭和といっていい庶民食、餃子だ。筆者は、羽根つきとか、シソなど入った変わり種、またスープで煮たやつも嫌いではないけれど、やっぱり王道の「焼き餃子」に一番惹(ひ)かれる。

野毛の老舗中華料理店『萬里』。
野毛の老舗中華料理店『萬里』。

ということで今回訪れたのは、横浜・野毛。この街で餃子といったら真っ先に地元民から名前が挙がる名店が『萬里』だ。それもそのはず、わが国の“焼き餃子発祥の店”なのだ。早速ドアを開け2階席に上がるや、黄色い紙に手書きの品書きが壁一面にずらり。気分、高まってまいりました。

『萬里』の2階。
『萬里』の2階。

「まあ、『発祥』と言ってはいますが、じつは同時代に(焼き餃子発売を)スタートしたお店もあるかと思います。ただオリジナルではありますよ(笑)」

『萬里』3代目店主の福田さん。
『萬里』3代目店主の福田さん。

謙虚に、おだやかにほほえむ3代目店主、福田大地さん。そう、福田さんの冷静な発言の通り、厳密にこの店が焼き餃子発祥と言い切っていいかは迷うところ。『萬里』は、福田さんの祖母が戦後まもない1949年に創業し、戦後もっとも早い時期に餃子を出したのは間違いない。しかし焼き餃子に似た料理は戦前に一部の店で食べられていたようだし、なにより戦後の同時期には、焼き餃子も含め旧植民地の味をルーツとする料理が、全国各地に誕生していた……。

そのあたりのことは後述するとして、まずはオリジナルという餃子をいただきましょう。

昔からあるがまま。安心する旨さの焼き餃子

焼餃子440円、瓶ビール704円。
焼餃子440円、瓶ビール704円。

餃子1人前と瓶ビールお願いします! わかりましたと立ち上がった福田さん、熱した鉄板にすばやく餃子を並べていく。鉄板に、最初に水をさす焼き方はなかなか珍しいのではないだろうか。

数分で運ばれてきたのは、「映え」など意識することなく、昔からあるがまま自然体の、ヒダの少なく、しみじみとしたたたずまいの餃子である。まずはひとつそのまま食べる。ああ。もう、間違いない。旨い! 生姜がきいていて、しつこさも全くない。

食の楽しみ方というのはいくつかの種類があると思うが、ひとつには「またとない珍しい味を食べたい」、がある。一方、「安心する味を食べたい」もある。筆者はどうしても、後者ばかりを選んでしまう。

それは、普遍性に触れたくなるから。新しいものを人はいつも求めるけれど、それは同時にあまたの新しい価値が消えていったということでもある。そのただなかで、長い年月人から愛されてきた。普遍的な価値にふれ、安心したくなってしまうのだ。

昭和のあの時代、人々の生き方や暮らしは当然千差万別だったはずだが、それでもみんなで共有できた価値観があったのだと、ひとつの料理が教えてくれる。そしてそれは冷たい書物の上の二次元の情報が教えるのではない。あたたかな料理として、立体的に目の前に運ばれてきて、感じることができるのだ。その意味では、こちらの餃子はもう、いうことなし。

お酢にカラシ。昭和期の食べ方と野毛という土地柄

「具は、肉と野菜が半々です。ほかになにをどう入れているかは企業秘密ですが、創業以来、作り方は基本的には同じです。うちのは味が付いているからそのままでもイケます」

生地がまたもちもちで旨い。

「ありがとうございます。妻の手作りなんですよ。よろこぶと思います」

福田さんはほほえむ。家族経営、手作り味の間違いなさ。さあではいよいよ醤油とラー油とお酢をつけて……。

といかず、ここで珍しい食べ方を紹介しよう。なんと黄色いねりカラシとお酢をまぜたタレで食べるのだ。そんな乱暴な、と思うなかれ、これは実際、昭和期に『萬里』で当たり前だった食べ方なのだ。

「戦後まもないころの食べ方です。入れすぎじゃない?と思われるくらい昔はカラシを入れたみたいですね。カラシ7にお酢3の割合です。だから父の代のころまではその時代の名残で、そんなに使わないのにどうしてもカラシを大量に作ってしまっていましたよ(笑)」

では早速。時空をこえ、昭和30年代の人になった気分で「カラシ酢ぎょうざ」を一口。なるほど、結論から言って、ぜんぜんアリ! 強烈、かなりパンチがある味だ。ビールにはよく合う。これはおそらくだが、野毛という土地柄に関係した食べ方なのではないかと筆者は推測する。

汗を流して頑張る男たちが集った土地で料理の話を聞くと、酷使した体に活をいれるためか、舌を刺激する強い味を求めたのだろうなと感じることがある。野毛もまたしかりで、かつては港湾労働者が多かった土地。『萬里』にも仕事終わりの男たちが大勢食事に訪れていたそうだ。

「そのころは喧嘩なんかも多くて、東京湾に流れていった人もいたなんて話もありますよ」

店の近くを流れる大岡川に投げ込まれた人の話も珍しくないほど、野毛は荒々しさもある街だった。昼間、半裸になって麻袋をかついだ荷役の男たちは、夕暮れ、仕事を終えて『萬里』でメシを食うとき酒を飲むとき、カラシ酢ぎょうざの強烈さを欲したのだろう。

という想像のあと、はい、筆者はやっぱり醤油+ラー油+お酢でいただいた。やっぱり、こっちのほうが激しさは抑えられていて、しかし米にも酒にもあうタレであって、現代人好みですな。

住所:神奈川県横浜市中区野毛町2-71/営業時間:12:00~21:00(日は~17:00)※平日は休憩が入る場合あり/定休日:月/アクセス:JR根岸線・横浜市営地下鉄ブルーライン桜木町駅から徒歩5分

取材・文・撮影=フリート横田