母校の出身者が書き綴る高校よせがきノートが店内にずらり
新橋駅から徒歩1分、新橋二丁目交差点近くの雑居ビルに“高校よせがきノートの店”と書かれた看板を発見した。
雑居ビルの地下に下り店の前まで行くと、和風の落ち着いた雰囲気だ。店頭にあるメニューを見ると、九州各地の料理名が並んでいる。“高校よせがきノート”は依然ナゾのままだけど、郷土料理は親しみやすいから好きだ。さっそく店内に入ってみよう。
店内に入ると濃褐色で統一された店内には本棚がズラリと並んでいる。なんとも不思議な光景だ。まるで木造校舎の図書室を思わせノスタルジックな世界に引き込まれた。
「いらっしゃいませ。出身校はどちらですか? 店内にあるノートは索引があるのですぐにお調べできますよ」と言うのは女将の松永洋子さん。
この店は、店主で松永さんの夫・協和(ともかず)さんが1978年に開店した居酒屋だ。「開店当初は毎日九州から食材を空輸して、新鮮な食材で作る九州の郷土料理店でしたが、現在は日本全国の新鮮な旬の食材を使ったさまざまな料理を提供しています」。
開店当初は看板に“九州郷土料理”という文言を掲げていたが、開店と同時にスタートした高校よせがきノートがテレビや新聞の取材を受けるようになってからは、そちらの印象が強くなったという。そしてビルの改装工事のタイミングで外の看板に「高校よせがきノートの店」と書くようになったそうだ。
高校よせがきノートは、お客さんが自由に母校の思い出を書き込めるノートだ。そこには印象に残っている先生、売店や食堂の思い出メニュー、体育祭、文化祭、今思えば“なんでウチの高校だけ!?”という謎のイベントなど、卒業生だからこそわかる“あるあるネタ”が書かれており、それをつまみに盛り上がれるというわけだ。また、読むだけでなく自分のメッセージを自由に書き込むこともできる。
ほとんどのお客さんがノートを目当てにやってくる。そして同級生や先輩・後輩たちとノートを囲んでお酒を飲むのだ。
「おかげさまで連日、予約でいっぱいです。ふらりと入ってきて空いていれば席をご案内しますけど、予約をされた方が確実ですね」と女将さん。この日、たまたま店に入れた筆者はラッキーだったのだ。
店内に収納されている高校よせがきノートは3400校超
令和2年度に行われた文部科学省の調査によれば、全国の高等学校数は国立、公立、私立の全日制、定時制、全定併設合わせて4874校あるが、『有薫酒蔵』には3400校を超える高校よせがきノートがある。
「全国にある高校の70%以上は網羅しています。ノートの第1号は1987年に作成した福岡県久留米大学付設高校。そこの1回生だった隈さんがきっかけになりました。隈さんは西日本テレビの社員で年間300日ウチに来てくれていた超常連さんだったんですよ」
女将さんの話では、隈さんの学生時代の話が面白いので「会いたい」というお客さんがたくさんいて、不在のときにメッセージが残せるようノートを置くことになったのだとか。
「そしたら、ほかのお客さんからもうちの高校のノートを作ってほしいと言われ、それがテレビや新聞で紹介されるとどんどんノートが増えていき、すっかり店の名物になってしまいました」
そんな話を聞いたら我が母校のことが気になる。さっそくノートを探してもらったが、見つからなかった。
「これだけのノートを管理していくのは大変ですから、現在は新しいノートを作るのは1日1冊とさせていただいています。今すぐ作ることはできませんが予約は可能ですよ。今なら学校で1番になれますから、ぜひ作ってください」と女将さん。
ノートを作ったところで、どんなことを書いたら良いのやら。特別に第1号の福岡県久留米大学付設高校のノートをめくると、思い出だけでなく現在抱えている悩みが書き込まれていたり、名刺が貼り付けてあったりする。ああ、筆者も食事をしながら旧友たちと学生時代の思い出を語りたくなってきた。
九州産食材を中心にした鮮度にこだわる料理と酒
先述したとおり店では“九州郷土料理”とうたってはいないが、九州の料理を中心に鮮度のいい魚や旬の食材を使った料理を提供している。
「毎日九州から食材を空輸しているんですよ。本当は有明海の海の幸をたくさん出したいんですけど、国が諫早湾にある潮受け堤防の排水門を鉄板で閉鎖したでしょう? あれでね、ウチの料理に欠かせない食材が一切獲れなくなったんです」
「新鮮な魚なら関東近郊や東北でも獲れるということで“九州だけ”にこだわらないことにしました。それでも、熊本産の一度も冷凍していない馬刺しとかきびなごのお刺身とか、やっぱり九州のものが多いです」
そう聞いて、何にしようか悩みながらも平政のうす造り1700円、がめ煮1050円、焼きなすび900円を選び、酒は福岡県高橋酒造の「有薫大吟醸」グラス900円・ボトル4800円をオーダーした。
新鮮な平政の薄造りや出汁がしっかり具材に染み込んだがめ煮、直火で焼いた香ばしくとろ〜りとした食感の焼きなすび。どの料理も、さわやかな吟醸香がありつつも飲みごたえのある有薫大吟醸とマッチしている。
おいしい料理と酒を味わいながら、久しく会っていない母校の友人やお世話になった先生を思い出していた。
もう少し何か食べようかとメニューを見ていたら、女将さんが「そうだ、これもぜひ食べてください!」とおすすめしてくれたのは黒豚の串焼800円。
黒豚のバラ肉を直火で焼き、脂を多少落としているためあっさりとしている。一味唐辛子や山椒をつけて食べると風味がアップしてこれまたよし。これまであっさり系の料理だっただけに、パンチがある黒豚の串焼きの味わいが強烈に口の中へ響く。ああ〜、おいしいコレ!
メニューが豊富だし誰と来てもきっと気に入るものがあるはず。久しぶりに会った友達と昔話に花を咲かせながら、あの頃みたいに笑いたい。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢