リリー全出演作おさらい
寅さんの永遠の恋人
理想の結婚相手
シリーズ最高のマドンナ
さまざまに形容される、どさ回りの歌手・リリー(本名:松岡清子)。まずはその全出演作を作中歌われたナンバーとともにおさらい(計5作。第49作は特別編のため除外)。
■第11作『寅次郎 忘れな草』(1973)
〔登場シーン〕網走行きの夜汽車で乗り合わせ、網走の港で遭遇。後日、「とらや」来訪。
〔歌唱曲〕『越後獅子の唄』『港が見える丘』『夜来香』
〔年譜〕30代前半。東京での住まいは錦糸町のアパート。物語終盤で寿司職人(演:毒蝮三太夫)と結婚。寿司屋を営む。母親(演:利根はる恵)は五反田に住み水商売を営んでいる様子。
■第15作『寅次郎 相合い傘』(1975)
〔登場シーン〕函館の港でばったり。兵藤パパ(演:船越英二)の過去の想い人探しに付き合う。後日、「とらや」来訪。
〔歌唱曲〕『悲しい酒』
〔年譜〕30代半ば。第11作の寿司職人とは離縁。
■第25作『寅次郎 ハイビスカスの花』(1980)
〔登場シーン〕公演先の沖縄で入院。手紙で寅さんに「会いたい」からの同棲生活。後日、「とらや」来訪 。
〔歌唱曲〕『東京夜曲』『白浜節』
〔年譜〕40歳前後。現役で歌手を続けるも療養のため一時休業。
■第48作『寅次郎 紅の花』(1995)
〔登場シーン〕奄美大島で暮らしてたところに寅さんが転がり込む。後に満男(演:吉岡秀隆)&泉ちゃん(演:後藤久美子)も参戦。後日、「とらや(くるま菓子舗)」来訪。そして2人で奄美に戻るも……。
〔歌唱曲〕『島育ち』
〔年譜〕50代半ば。再婚した夫とはすぐに死別。遺産で奄美大島に居を構える。母親は老人ホームに。
■第50作『お帰り寅さん』(2019)
〔登場シーン〕再会した満男と泉ちゃんが入ったジャズ喫茶が実は……。
〔歌唱曲〕―
〔年譜〕70代後半。神保町のジャズ喫茶「リリー」のオーナー(?)に。
以上、5作に渡って「男はつらいよ」を彩ったリリーさん。他のマドンナとは違って、シリーズが進むにつれ年輪を刻んでいく様子がわかるのもリリー作品ならではです。
リリーの一言【啖呵/叱咤編】
「リリーはハッキリとものを言えるキャラクターで、私達がどこかで思っていてもなかなか言えないようなことを代弁してくれるので、セリフにもぜひご注目いただけたら……」(BS松竹東急に寄せられたコメントより)
と、浅丘ルリ子さん自身も推しているように、歯に衣着せぬ物言いはリリーの大きな魅了のひとつ。それには大多数のファンもうなずくことだろう。
ってことで、そんなリリーのズバッと言い放ったセリフをザックリみていこう。まずは啖呵的な一言。
《幸せにしてやる? 大きなお世話だい。女が幸せになるのに男の力を借りなきゃなんないのかい》(第15作)
兵藤パパの不用意なひと言で、リリーの怒りに火が着いた~。他にも、
《女がどうして可愛くなきゃいけないんだい》
《イイ歳して甘ったれだね、男なんて》
などなど第15作の寅さんリリー兵藤パパ@小樽のくだりは、まさにリリーの啖呵の宝庫(火薬庫?)。必見です。
《妬くほどの男か!そのへんの鏡でテメエのツラとっくりと見てみろってんだ!》(第25作)
こちらは沖縄でダブル浮気の疑惑での口論の一言。同様の状況が訪れたら使ってみたい気もするが、寅さん&リリーの間でしか成り立たない危険なフレーズ。良い子はマネしないように。
リリーの一言【ラブラブ編】
リリーがハッキリものを言うのは、なにも啖呵に限ったことじゃない。ここ一番って時には、こんな濃厚スイートなセリフも。このニューヨーク メッツ・千賀のフォークボール級の落差に、世の男は腰から砕け、寅さんは見送るんだな~。
《私の初恋のひと……寅さんじゃないかしらね》
《燃えるような恋をしたい! ねえ寅さん》
第11作では生娘のようなラブコールを放っていたリリー。それが第15作になると……
《いいわよ……わたしみたいな女でよかったら……》(第15作)
と、いささか、やさぐれ気味。さらにその後は……
《まだ式は挙げていないって言ったの》(第25作)
《男に食わしてもらうなんて、わたしまっぴら(中略)あんたとわたしが夫婦だったら別よ。でも違うでしょ》(第25作)
《だって夫婦でもないんだし》(第48作)
あの手この手でプロポーズを促すという高等戦術を駆使。リリー、あざとく成長しています。
このようにリリーが折に触れて、しっかり愛の告白しているのに、寅さんはただただはぐらかすだけ。ダメだね~。
《そうね。ダメな人ね。でも私はそのダメなところが好きなの》(第50作)
リリーの一言【エールと総括編】
《私たち夢見てたのよ、きっと。ほら、あんまり暑いからさ》
第25作で、寅さんとは成さぬ縁と悟ったかのようにみえたリリー。しかし第48作では、満男&泉ちゃんの若い恋愛に触発されて……
《カッコなんて悪くていいから、男の気持ちをちゃんと伝えてほしいんだよ女はっ》
泉ちゃんに気持ちを打ち明けようとする満男に向けてのセリフ。しかしコレ、明らかに傍らにいる寅さんに言ってるぞ。
《だいたい男と女の間なんてものは、どこかみっともないものなんだよ》
《でも愛するってことはそういうものなんだろ》
シリーズ最後の盛り上がりとなるシーンで、寅さんとの長い関係を総括するときもまた、ズバッとハッキリ締めくくっている。よっ、男前だねっ!
とまあ、こうした胸のすくような一言一言が、ファンを魅了し続けてきたのだ。
リリーのまた別の魅力とは?
さて、ここまで書き連ねておいてなんだが、筆者はリリーが苦手だ。
筆者の好みのマドンナは、歌子(演:吉永小百合)、真知子(演:栗原小巻)、礼子(演:樫山文枝)、朋子(演:竹下景子)といった、どこか奥ゆかしいインテリ系やお嬢様系。ハッキリズケズケグッサリものを言う強気なリリーはタイプではない。
だいたい幼稚園バラ組のマヤちゃんに始まり、直近の久美子ちゃん、果ては中国人の丹丹ちゃんまで、物心ついてから半世紀近く、老若男女、洋の東西を問わず、人数にして80人超、学校でも仕事の上でもプライベートでも、晴れ渡る日も雨の日も、女性という女性に遠慮なく言いたいことを言われ続け、翻弄され続け、泣かされ続けているのだ。
その手の女性はホントもうカンベンしてほしいっ。
その一方でやっぱりリリーが気になって仕方がないんだな~。また別の魅力があるからなのかも知れない。
それは何か? 自問しながら登場作品を観返してみる。そして、ひとつ答えが浮かんだ。
リリーが見せる一瞬の表情だ。
惚れた! リリーの一瞬
リリーが見せる一瞬の表情……。たとえば、第11作『寅次郎 忘れな草』のリリーが寿司屋のおかみさん「清子」として働いているシーン。スタートから1時間40分04秒、
「すみません。ちょっと不慣れなもんですから……」
出前の電話注文を受けている最中、さくらに向かって目顔ではにかむ。その一瞬が初々しくて思わずキュン。
第15作『寅次郎 相合い傘』では、表題となった相合い傘シーンの前段。スタートから1時間18分36秒、柴又駅にて突然の雨に困ったような表情のリリー。そこに迎えに来た寅さんの姿を見つけると、表情は自然に緩み、果ては軽く吹き出して……。
そんなリリーの表情が移ろう一瞬一瞬に、観ている者もついつられて頬が緩む。
第25作『寅次郎 ハイビスカスの花』ならココ! スタートから46分34秒、沖縄の病院のベッドで口紅を差している最中に寅さんが来たのに気づいて振り向くリリー。
その瞬間、幸せそうな笑顔がパッと咲く。まさにハイビスカスの開花そのものだ。
「オレ、こーゆーオンナ、ちょっと手に負えんわ……」
とソッポ向いているハズなのに、ついドキッと二度見しちまうようなリリーの一瞬の表情。これをいったいどう表現したらいいのだろう。
文章では描けない
舞台ではうまく伝わらない
アニメでは伝え切れない
生成 AI、やれるもんならやってみろってんだ!
あらゆる表現手法も脚本も演技も超越した、銀幕の大スターだけが放つ特別な輝きだ。
こんな一瞬を感じたいがために、人は映画の世界を旅するんじゃないかな……。渥美さんや浅丘さんに聞いてみたい。
取材・文=瀬戸信保 イラスト=オギリマサホ