よそでは味わえない漆黒のツユ
立ち食いそばといえば黒くて濃い味のツユを思い浮かべる人が多いだろうが、最近のツユは大多数の嗜好を反映したのか、色と味は薄めでダシ香るタイプのものがほとんどだ。
マニアとしてはコクと旨味が凝縮された黒いツユが減っていくのは寂しいのだが、なんと、そんな暗黒汁を提供してくれる『だるま本店』という立ち食いそば店が、今年、松戸にできた。
トップの写真に驚いた人も多いだろうが、角度を変えてもう一枚。すべてを飲み込みそうな漆黒のツユ。ひと口すすれば、ビターさをともなった濃い旨味が、舌だけでなく脳にまで伝わってくる。味が濃い。それは、しょっぱいということを意味するのではない。すべての味が濃いのだ。
またたく間に染まっていくそばをすすれば、ツユの風味がブワッと口中に広がる。食べていくうち、なんだか全身がこのツユに染まっていくような感じがしてくる。ここまで振り切ったツユは久しぶりだ。お見事としか言いようがない。
東京の台東区あたりでは、今でも漆黒のツユが味わえる立ち食いそば店がいくつかあるが、まさか松戸でこれが食べられるとは思わなかった。ここ二十世紀が丘は、1970年代に開発されたベッドタウン。店の前の松戸原木線は、松戸から市川方面に続く通りで交通量も多い。忙しく働くドライバー客にとって、パッと食べられる立ち食いそばは、けっこうありがたいのだ。
自分の好きなそば
とはいえ、なぜにこの漆黒ツユなのか。答えは簡単。店主がこの味を好きだからだ。自身も立ち食いそば好きな店主は、あちこちの立ち食いそばを食べているが、どうもしっくりこない。それならば、自分の好きなツユで立ち食いそば店をやろう、と考えたのだ。
しかもその作り方が凝っている。ただ、かえしを多めにしているわけではない。ベースのツユに新しいツユを毎日継ぎ足して火を入れて、1週間かけて作っているのだ。ガツンとくる深い旨みは、継ぎ足しを重ねることで生まれていたのである。
ただ、そのツユにも弱点はある。手間と時間がかかるため大量に作れず、1日で提供できるのは50杯程度。そのため、閉店時間の14時を待たずに汁切れとなってしまうこともあるそうだ。
意外な広がりを見せた『だるま堂』
朝からの営業、さらに通り沿いなこともあって、お客さんは現場に行く途中の職人さんが多い。汗をかく仕事のため、このツユは好まれるんだろうな、と思っていたら、実は近くに住む子ども連れのお客さんも多いのだとか。このツユは受ける、と確信して店を始めた店主も、これは意外だったそうだ。
「お子さんのために、冷凍庫の中にはアイスクリームを入れているんですよ」と、店主はうれしそうに笑った。今後は、家族連れ客も考えて、そば以外の定食類を加えていく予定だという。
自分の好きな味を、と始めた店が、意外な広がりを見せてきている。立ち食いそばマニアだけじゃない、このツユのうまさは万人共通のものだということが分かって、少しうれしかった。
取材・撮影・文=本橋隆司