牛骨ラーメンの名店がネクストブランドで牛を封印!?
店主の岩立伸之さんが、地元の北千住で『牛骨らぁ麺マタドール』を開業したのは2011年7月21日。牛骨や牛アキレス、牛筋をメインに30品目以上で出汁をとった極上スープと、丼を覆うほどの自家製ローストビーフ焼牛(チャーギュウ)がのったラーメンで、数々のラーメン関連の賞を受賞してきた。
オープンから2年後には、2号店の「みそ味専門 マタドール」を展開。他店のプロデュースや各地のラーメンイベントなどにも積極的に挑み、その名を全国に広めてきた。そんな岩立店主が、本店創業から11年経った2022年6月21日、2号店の「みそ味専門 マタドール」を店名も新たにリニューアルオープンした。それが『柳麺マタドール』だ。
以前、本店を訪れた際、岩立さんは「ネクストブランドで牛じゃないのをやりたい」と語っていた。漠然としたその思いは、コロナ禍で思いがけず時間ができたことで「まだやれることがあるのに、やってない! 表現していない手の内を明かして、すごくおいしいのを作ろう」と実現に向けて動き出した。頭の中で思い描いたのは、出身店「柳麺ちゃぶ屋」をリスペクトしたラーメンだった。
ミシュランの星・ちゃぶ屋イズムを受け継ぐ“柳麺”
やろうと決めたからには、師匠の森住康二店主に「“柳麺”を使わせてください。森住さんから教わったこと、全部盛り込んでやります」と筋を通したという。そこまで想いのこもったラーメンが、すごく気になるところだ。「リスペクトといっても、まったく同じ味ではなくて、考え方とか食材の構築の仕方がちゃぶ屋イズムなんですね」と岩立さん。
きらきら光るスープを一口。岡山県産の吉備黄金鶏の丸鶏、鶏ガラ、国産豚をメインに仕上げたというスープからは、鶏豚以外にもまろやかな魚介の風味があふれ出る。「今回、特別に用意したのは京都産の鰆煮干し。北海道の鮭節厚削りも特別発注で削ってもらってます」という岩立さんが、さらに香味油へのこだわりも語ってくれた。
「肉屋さんに二度挽きしてもらった子牛の腹脂を、店で溶かして油を抽出するんです。そこにニンニク、生姜、鷹の爪、ネギ頭、日高昆布を入れてじっくり煮込んで香味油にします。ここまでは本店と一緒で、毎日使う分だけ鯖節を入れて煮出すんです」。ちゃぶ屋をリスペクトしつつ、得意の牛でマタドールらしく仕上げている。
塩だれには大島の塩・海の精と、意外なところでナンプラーが少々。「醤油や味噌と違って、塩は発酵食品じゃないからミネラルの旨味しかないんですね。だから、発酵食品のナンプラーを少し入れてます。秋田のしょっつるや能登半島のいしるなどの魚醬のように色が黒くないので塩らぁ麵に使いやすいんですよ」。
また、これまでチャーシューといえば焼牛だったが、「国産の豚肉を冷凍しないでチルドで届けてもらうので、肉質がすごくいいんです」というマタドール初の豚チャーシューだ。スープよりも試作に時間がかかったというチャーシューは、リニューアル後も調整し続けている。「通常、チャーシューって寸胴で煮るんですが、うちはスチームコンベクションを使って真空調理で仕上げてます。チャーシューがおいしいお店って、それだけでパワーあるじゃないですか!」。
味玉も特別なレシピで作られている。醤油を使わない、白い味玉だ。「浸透圧ギリギリのところで塩だれに漬けることで、白身もやわらかい、おいしい味玉になるんです」。
この白い味玉のレシピ、実は「何年も前から頭の中にあって、限定でも出してなかったんです」。白い味玉も、太メンマも、どれもマタドール初と、まさに岩立店主がこれまで“表現していない手の内を明かして”作られたものばかりだ。
シンプルに見えて幾重にも折り重なる奥深い味わい
試食会の日、カウンター席に師匠・森住さんの姿があった。「自分では自信があるラーメンだったんですけど、なんて言われるかと思って緊張しましたよ。一言もしゃべれなくて、なんかしゃべれって言われましたからね(笑)」と岩立さんは当時を振り返った。
森住さんはラーメンを食べてアドバイスをいくつか残したが、おいしいとは言わなかった。「店から出た後に『旨かった』と言ってたと人づてに聞いたんです。直接は言わないけど旨いと思ってくれたんだって、うれしかったですね」。
ちゃぶ屋イズムに岩立店主の想いがこもったラーメンは、「シンプルに見えて、実はすごく複雑っていう、わかりにくいラーメン」だという。でも、リニューアルして年配のお客様が訪れるようになった。「ちょっと高くてもちゃんとおいしいものを食べたい方が、どんどん増えてくれたらうれしいです」。スープや麺、具材と食べ進めるうちに、気がついたらなくなっている……。なにも考えずに、ただ味わってほしいおいしいラーメンだ。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=大熊美智代