昭和レトロな店内に並ぶ有田焼のカップ
北千住駅西口から駅前通りを進み、日光街道へ出る少し手前の右手にあるハッピーロード商店会に入ってしばらく行くと見えてくる白い看板。周りには焙煎のいい香りが漂う。『千住宿 珈琲物語』。店名も外観も、レトロ感たっぷりだ。
お店に入ると、午前中から常連のお客さんでにぎやかだ。店の奥の一角に焙煎機、そして、カウンターの後ろにずらりと並んだコーヒーカップに目を奪われる。
出迎えてくれたのは店主の望月章雄さん。浅草のご出身で、23歳の時に家族でここに引っ越してきて、望月さんと母親、妹の3人で喫茶店を始めた。望月さんは18歳から23歳まで都内の喫茶店に勤めていて、その店の影響を強く受けているという。
有田焼が並ぶ棚も、望月さんが元いた喫茶店の影響。「もともと僕の勤めていたところがこういう喫茶店で。僕も陶器が好きだったので、開店前に有田まで買い付けに行って、とりあえず100客ぐらい買ってきて並べて」。だんだん増やしていって、今は300客ぐらいあるそう。眺めているだけでも楽しい。
焙煎技術にマニュアルはない。大事なのは感覚
焙煎機を設置したのは、開店後しばらくたってから。開店当初は、自家焙煎だった前の職場から焙煎した豆を仕入れていた。「そのうち、自分の味っていうのを求めたくなって」オープン当時は客席だった店の一角を改装して、焙煎機を置いたんだそう。
焙煎技術は前の職場で見て覚えた。「結局全部手作業なんで、マニュアルはないんですよ。煙の排気とか火加減とか、設置した場所で機械のようすを見ながら、調整しながらやっていくんです。天気によっても変わります」と望月さん。
「味をみて、これだとまだだなとか、もうちょっとこうしたほうがいいとか、試行錯誤をしながら味をつくっていく」。30年以上の経験を積んで、今ではもう豆の種類ごとに火加減、焙煎時間などだいたいわかっているそう。
ほぼ毎日焙煎はするけれど、その日に焼いたものをその日に出すわけではない。焙煎して3日から1週間たってからの方が落ち着いた味になりおいしいんだそう。
「焼いたばっかりは煙臭い感じがするんです。味も若い感じ。ちょっと置くとまろやかになる。だいたい2~3日すると本来のコーヒーの香りになって、それが抜けると、まろやかさが出てきます」。
丁寧に入れたブレンドコーヒーをオリジナルカップで
『千住宿 珈琲物語』には、全部で6種類のオリジナルブレンドコーヒーがある。苦みとコクの“物語ブレンド”、マイルドな苦みの“マイルドブレンド”、浅煎りでアメリカンタイプの“ライトブレンド”、ブラック専用の“ノアールブレンド”、コクのあるモカフレーバーの“モカブレンド”、超濃厚ブレンドの“デミタス”。
コーヒーの種類によって、淹れ方も変えるという。「物語ブレンドは濃いめのブレンドなので、高いところから細くお湯を注ぐ。マイルドブレンドはもっと低く。ライトはさーっと軽く落ちるように。焙煎具合だけでなく、豆の挽き方、お湯のかけ方、時間のかけ方。これで味も全然変わってきます」。
では、お店の名前のついた“物語ブレンド”をいただくことに。ひと口目でしっかりとした苦みを感じる。深煎りのしっかりとした、それでいて上品な苦み。苦さとまろやかさが共存している感じ。ミルクとお砂糖をたっぷり入れてもいいかもしれない。「ひと口目はブラックで飲んでもらって、あとはお好みでどうぞ」と望月さん。
300客も並ぶなかで望月さんが選んでくれたのは、望月さん自らがろくろを使って絵付けをした手作りのカップ&ソーサー。陶芸は22年前に始めたそう。今では40客ほど望月さん作のカップが並んでいるんだとか。
午前中から客足が絶えず、お店の前も自転車でいっぱい。いかにこの店が地元で愛されているのかがよくわかる。「平日のお客さんの注文はだいたいが『いつもの』です」と望月さんは笑う。
「うちでしか飲めないオリジナルなコーヒーを出す。コーヒーもケーキも、カップもオリジナル」とお店のコンセプトを語ってくれた望月さん。そのうち店主がつくったカップ&ソーサーでこの棚が埋まる日も来るのではないか? 次に来る時にはどのくらい増えているか、楽しみにしよう。
取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)