老舗は"残る"のではなく"活きている"
『さぼうる』に小一時間いて驚いた。飲食店なら暇な時間も客足は途切れない。店員さんの見事な接客に感服しつつ、改めて、老舗喫茶の集客力を思い知る。「『さぼうる』さんなどもあるし、ちゃんとした喫茶店で働きたいと考えたとき、浮かんだのは神保町でした」。『ミロンガ・ヌオーバ』の浅見加代子さんは勤める理由をそう話す。神保町の喫茶が特別に思えるのは、数の多さだけでなく歴史ある老舗の存在感が大きい。しかも“今も残る”というより活気が現在進行形なのだ。学生街だけあり学生バイトも多く、店長も店員も若い姿が際立つ。
客も店に立つ人も新陳代謝はスムーズだ。約20年前から店員を若い年齢層主体にした『ラドリオ』は、「今は全員女性の店員。貼り紙で求人を出すので、ここを好きで同じようなトーンの人が自然と集まるんです」と店長の篠崎麻衣子さん。
同様の話は他店でも聞く。愛ある人たちが支えるから店の古き良さは守られている。「昔を知るお客様に『変わらないね』と言われるのが一番うれしいです」と『さぼうる』の伊藤雅史さん。ただ、現役でいるには時には挑戦も必要だ。『ミロンガ・ヌオーバ』では約20年前に世界のビールや炭火焼きコーヒーを打ち出してタンゴ喫茶の敷居を下げた。『さぼうる』では思わぬクリームソーダ人気もあり種類を増加。ネルドリップにこだわる『トロワバグ』は2017年からペーパードリップのサードウェーブ系コーヒーも展開。「古い店を保つのは大変なことも多いけど、そのたび『さぼうる』さんもある!と思うんです。神保町は奇跡的に喫茶店が集まりますが、各店の行き来やコミュニケーションがすごくある。新しいお店も増えて、刺激し合って、いろんなコーヒーと出合える街になればいいですね」と『トロワバグ』の三輪徳子さん。
『さぼうる』の鈴木文雄さんも「『ラドリオ』が目標だったから何度も通って勉強したよ」というように各店の頑張りは周りの店があってこそ。これぞ聖地の源かもしれない。
紹介店舗詳細
構成=前田真紀 取材・文=下里康子 撮影=加藤昌人
『散歩の達人』2018年11月号より