創業から変わらないもの

神保町駅から目と鼻の先にある雑居ビルの地下で営業を行う『カフェ・トロワバグ』。扉を開けると、カウンター越しに店主の三輪徳子さんが迎えてくれた。

建築デザイナーの松樹新平さんが手掛けた内装。

店内は、落ち着いた照明の中に赤いビロード地のイスやソファが並び、さながらバーのよう。シックで大人な雰囲気漂うこの店の内装は、原宿の喫茶店『アンセーニュ ダングル』などを手掛けた建築デザイナー・松樹新平さんによるデザインだ。創業者である徳子さんのお父さんが、松樹さんと親交があったことがきっかけだった。「梁や床の大理石、カウンターの質感など、創業から40年以上経った今もしっかりと保たれているのは松樹さんのおかげ」と、徳子さんは話す。

今では珍しいネルドリップ。

コーヒーも、創業から変わらないものの一つだ。豆は、徳子さんのご両親がかねてから好んでいた『コクテール堂』のオールドビーンズを使用。コーヒー豆を低湿度の場所で数年寝かせて熟成させるこの製法は、エイジングコーヒーとも呼ばれる。新鮮な豆を寝かせることで、時間が経っても変わらない味わいを楽しめるのが特徴だ。そのこだわりの豆をネルドリップで一杯ずつ淹れていく。フランネルの布地でドリップするこの作業によって、ペーパードリップよりもキメ細かくコクの強い味わいが生まれるのだそう。

先代が大切に集めてきたカップとソーサーがずらり。

こうして丁寧に淹れられたコーヒーは、美しいアンティークカップに入れて供される。

外国製のカップとソーサーを集めるのが趣味だったというご両親のコレクションを今なお大切に使用しているのも、「喫茶店はコーヒーだけでなく空間も楽しむ場所」と考える徳子さんの信念からだ。

トロワブレンド600円。

今回いただいたのは、この店のシグネチャーであるトロワブレンド。酸味と苦味のバランスがちょうどよく、とても飲みやすい一杯だった。実際、このコーヒーがきっかけでコーヒーまたはブラックコーヒーが飲めるようになったお客さんもいるのだとか。

喫茶店を営む醍醐味

ご両親の後を継ぎ、徳子さんが店を切り盛りするようになって10年以上。それまでもお母さんを手伝い、営業に携わってきた徳子さんは、この店を通して時代の移り変わりを実感できるのが喫茶店経営の醍醐味だと話す。創業から45年の間に、街並みや常連さんも変化していく。

例えば、SNS映えという言葉が流行しはじめた頃から、女性のお客さんが増えていった。2020年に施行された受動喫煙防止条例が追い風となり、この店も禁煙になると、女性客が激増したという。その変化に気づいていた徳子さんは、フードメニューの改良や追加に力を入れた。隣で営業するたい焼き店のあんこを使った小倉バタートーストを考案すると、それが大好評。ランチ時になると、グラタントーストや小倉バタートースト、さらにはスイーツメニューもオーダーし、楽しそうにシェアして食べる女性グループ客の姿も見られたようだ。

グラタントースト(単品)800円。

創業当時から人気のグラタントーストは、徳子さんにとっても思い出の味。子ども時代によく食べていたという三輪家特製のグラタンを、喫茶店メニューにアレンジしたのが誕生のきっかけだった。母の味を守り続けながら、徳子さんは新たなチャレンジも臆さない。グラタントーストの付け合わせとして考案したトロワバグサラダがテレビ番組で取り上げられ人気になったことから、サラダの量を増やしてグラタントーストをハーフサイズにしたメニューの提供を開始。すると、女性客からのオーダーが増えたのだとか。

店主の三輪徳子さん。

徳子さんは言う。

「母と立った期間も含めて、このお店で働いて15年以上になるんですけど、その間にお客さんの層も変わるし、世の中の流れもすごく変わっていって。そういった中で、何か新しいことをはじめたり、変えられる部分は求められているものに変えたりっていうことは必要なんじゃないかなって思いますね。」

コーヒーや内装など創業以来変えずに守り続けるものがありながらも、時代やお客さんの声に応じて変えられるものは変えていく。そんな徳子さんの想いや姿勢に触れて、『カフェ・トロワバグ』今後も作られていく歴史にいっそう期待が高まった。

『カフェ・トロワバグ』店舗詳細

取材・文・撮影=柿崎真英