昭和30年からずっとずっと荻窪で
国立にあった「国立 邪宗門」の暖簾分けでオープンした『荻窪 邪宗門』。中央線沿線の純喫茶といえば、必ず名前があがる。昭和30年、風呂田和枝さんと今は亡きご主人・政利さんのご夫婦が立ち上げ、営業を続ける歴史ある名店だ。
古い小さな扉を開くと、これまた小さく急な階段が見える。階段をあがった2階が客席だ。政利さんの大切にしていた古い道具や本、絵画が、ほの暗い店内にところせましと並ぶ。世は令和、なのにここだけ圧倒的に昭和だ。古い時計の動く音がひびく店内で、店とご夫婦の歴史に思いを馳せずにいられない。
凝り性・多趣味がお店の味に
凝り性だったという政利さん。コーヒーはもちろん、写真や昔の道具集めなど本当に多趣味だったよう。その中でも特にハマっていたのは奇術。そういえば、扉の外に「日本創作奇術協会」の銘板がついていたような……。
「あ、あれはね、主人が冗談で作った協会なのよ。奇術好きが高じて本まで出版してしまったの」と笑う和枝さん。政利さんのことを話していてとても楽しそうだ。政利さんは相当人を楽しませるのが好きな人だったんだろうなあ。
たっぷり楽しんでほしいから、こだわりのストレートコーヒーは3杯分
この日オーダーしたストレートコーヒーは、インドネシア・スマトラタイガー590円。この銀色のポットはなんですか?
「うちのストレートコーヒーは全部イタリア製のエスプレッソメーカーで淹れてお出ししているのよ。ご自分で注いでくださいね」と和枝さん。
注いでみてびっくりしたのはその量。「このカップなら3杯分くらい。普通のマグカップでも1.5杯分はあるかも」
注文が入ってから豆を挽き、丁寧に淹れてくれる中煎りのしっかりした味と薫りのコーヒー。じっくり、そしてたっぷり味わえるのがうれしい。
コーヒーの種類も豊富で、ときには珍しい銘柄も。豆の選定に関しては、2015年ごろにスタッフとして入った百海(どうみ)さんが一任されている。和枝さん曰く「本当にコーヒーの好きな子なのよ」。またしてもとても楽しそうに話していた。
これまでも、これからも。ずっと荻窪でお店を続けたい
店内の雰囲気にぴったりの古いシャンソンがかかっていた。これも百海さんのセレクトだ。学生時代に上京してきた百海さんは、コーヒー好きが高じて『荻窪 邪宗門』のスタッフになったという。よっぽどの“邪宗門好き”だ。
もともと趣味が合うから大好きな場所になった。百海さんの関わり方は、ことさら変化を望むのではなく、少しずつ新しい面を掘り出しているように見える。それがこのお店の歴史になり、変化をしながら続いていくのだなと力強く思った。
取材・⽂・撮影=ミヤウチマサコ