選定の基準3箇条
というわけで、さっそく曲の紹介に入りたいのですが、その前にこのプレイリストの選定基準を書いておきます。あなたのお気に入りの曲が入っていなかったとしても(いや、きっといくつか入ってないと思いますが)、それには理由があります。
1.曲名や歌詞が散歩やウォーキング向けであること
ウォークやランなど、歩くことを連想させたり、ビートが効いていたりして、その気にさせるものであること。まずはこれが大事と考えました。基本的に後ろ向きな内容の曲は、ウォーキングに向きません。(ただし例外あり)
2.BPMは100~120前後
一般的にウォーキングにふさわしいBPM(1分あたりの拍数。楽譜にあるメトロノーム記号と同様です)は110~120前後といわれています。そこに“散歩”というちょっとゆるめのアクティビティを視野に入れ込むと、まあ100を超えていればOKと考えます。
3.いい曲であること。また内容(ネタ)があること
いい曲……は、まあ当然ですよね。さらにいえば、歩きながらその曲について思うことがあるといいと思います。そもそもボスの曲は歌詞が考えさせるものが多いのですが、ちょっとした思い出なんかがあると理想的。時間はあっという間に経ってしまいます。事実私はこのリストのおかげで1時間のウォーキングがあっという間で、全く苦になりません。
この3条件のうち基本的にはすべて、最低でも2つ以上当てはまらないとプレイリストには入れません。またBPMがかけ離れているものは泣く泣く除外とさせていただきました。というわけで曲紹介にまいりましょう。
プロミスト・ランド(『闇にほえる町』1978年)
通勤の最強アイテム
スタートは、映画『カセットテープ・ダイアリーズ』で何度もかかったこの曲。曲調、歌詞、タイトル、リズムと全てがウォーキング向けです。そしてなんといっても2番の歌詞。
I’ve done my best to live the right way/I get up every morning and go to work each day
But your eyes go blind and your blood runs cold/Sometimes I feel so weak/I just want to explode
(日々真面目に、一生懸命生きてきた/毎朝起きて仕事に行く/でも目は見えないし地は凍り付いている/時々ふさぎ込んで爆発しそうになるんだ)
初期の歌詞は字余りが多く、一緒に歌いにくいのですが、それでも勤め人なら出社時にはまること間違いなし。
BPM=115。標準。まずはこれぐらいから始めましょう。
ザ・リバー(『ザ・リバー』1980年)
アメリカ労働者のモノクロームな人生
この曲が一番好きという人も多いのではないでしょうか。暗い曲ですが、意外にウォーキング向けのテンポです。最大の魅力は渋く深い歌詞。谷間の村で生まれ育った男女の結婚とか就職とか不況とか、半生を描いたせつない物語ですが、それを川の流れに例えて、少ない言葉で切々と紡いでいきます。とくにこのアムネスティのコンサートの動画は素晴らしい(映画にもちらっと出てきました)。当時のボスは本当にかっこよくって、でもどこか陰りがあり、このルックスで「Something Worse?」(もっと悪い何かだろうか?)と歌うところは説得力ありすぎ、痺れまくりです。
BPM=117 ビートは効いてませんが意外に歩きやすいです。
ボーン・イン・ザUSA(『ボーン・イン・ザUSA』1984)
ただ、曲に力がある
超有名曲。1984年発表されたこの曲がタイトルとなったアルバムは瞬く間に全世界でヒットし、音楽業界の記録を塗り替えてしまいます。「ベトナム戦争帰還兵の悲劇」という超大国アメリカの負の面を歌っているのですが、レーガン率いる強いアメリカのイメージソングとして大統領選挙にも使われ、世界的に誤解を受けました(そういえば日本ではバブルが始まる頃でもありました)。そういうこともあってか、この曲はどうも今聴くとピンとこないというか、心から共感できない人も多いように思います。私も長らくそうでした。件の映画に出てこないのもそういうことでしょう。でも2020年4月に放送されたNHKBSのドキュメンタリー『アナザーストーリーズ~ロックが壊したベルリンの壁』を見て考えを改めました。下の動画はその番組で紹介されたベルリンの壁が壊れる前年(1988)、東ベルリンで行われた無料コンサートです。狭い東ベルリンでこの人数はただ事ではありません。そして自由を求める若者たちの大合唱。このコンサートのことは全く知りませんでした。誤解も正解もなく、ただ曲に力があるだけなのだと思いました。
BPM=122 ちょっと早め。それにしても皆さん、トイレは大丈夫だったのでしょうか?
ワイルド・ビリーズ・サーカス・ストーリィ(『青春の叫び』1973年)
チューバのまったりリズムが散歩的
『明日なき暴走(Born To Run)』以前のボスの音楽は、結構ラフな肌触り。ですが、個人的に一番好きなアルバムはニューオーリンズの匂いのする2nd『The Wild, the Innocent & the E Street Shuffle』(邦題は『青春の叫び』という素敵なもの)です。「7月4日のアズベリー・パーク」や「ロザリータ」が有名ですが、この短いながらファンの多い曲が描くのは、旅するサーカス団。「次はネブラスカでやるぜ」という最後の歌詞も暗示的です。チューバのリズムに乗ると歩き心地がまったり。
BPM=114 途中アゴーギグがありますが、まあ気にせず歩き続けましょう。
凍てついた十番街(『明日なき暴走』1975年)
80年代の佐野元春でにんまり
最高傑作といわれ名曲ぞろいの『明日なき暴走』の中ではやや地味めな曲ですが、佐野元春がパスティーシュした曲として忘れがたいものがあります。イントロのホーンセクションと、サビの部分が、それぞれ「ナイトライフ」と「朝が来るまで」を想起させます。しかしこの2曲もなかなか名曲で、二十歳そこそこだった私に音楽の懐深さを教えてくれました。このプレイリストに入れたいぐらいゴキゲンな2曲なのです。
このモノクロ映像はロイ・ビタンのピアノとボスの踊りがグッド!
BPM=116 ビートもスタジオ盤以上に効いてます。
アイ・ウァナ・マリー・ユー(『ザ・リバー』1980年)
我々はバカだったのか?
アナログレコードならA面のラストの位置に持ってきたのは、恥ずかしいようなプロポ―ズの歌。とはいえ相手は二人の子持ちの女性。「誰とも口をきかない、笑わない、通り過ぎるだけ」という謎めいた女性です。それはともかく。
私はこれを聴くと、学生時代の友人を思い出します。そいつがとある女性に横恋慕した末に失恋しまして、その時の会話です。
「おれはもう死にたいよ」(友人)
「まあまあ、そう思い詰めずに」(私)
「でもさ、こんなことを考えるんだ。●●さん(失恋した相手の女性)が将来あいつと結婚するとするだろ」
「うん」
「子供もできるわけだ」
「うんうん」
「でも別れたり死別したりするんだ、この歌みたいに」
「……うん?」
「そうしたら(この辺から涙目で)、“お前の夢を叶えることはできないかもしれないけど、手伝うことぐらいはできるよ”って俺が言うんだよ」
「おお(私もやや涙目)、いいじゃん」
我々はバカだったのでしょうか?
このライブ映像のボスもちょっとおバカで素敵。
BPM=110 まあ、ゆっくり行きましょう。そういう曲です。
バッド・ランド(『闇にほえる町』1978年)
歌いすぎ?OKです
B面トップには『闇にほえる町』から。「プロミスト・ランド」とともに2トップとなりました。ボス自身はこのアルバムを「歌いすぎている」と言って今一つ満足していないようです。わかる気もしますが、そのおかげで、まるで人生の応援歌のような、ウォーキングに最適な歌となりました。「理解してもらえるまで主張すれば、このバッド・ランド(荒野)も住みやすくなるさ」という歌詞は、まあとにかく元気になります。
BPM=122 ちょっと速めです。ついてきてください。
グローリィ・デイズ(『ボーンイン・ザ・USA』1985年)
マックスの最後のドラムが感電系!
個人的に『ボーン・イン・ザ・USA』で一番好きな曲。テンポよく歩きやすいし、文句なくカッコいいでしょう。歌詞は学生時代にすごく速い球を投げた男とか、みんなが振り向いたほどいい女とか、20年働いた会社をクビになった男とかが思い起こす若き日の栄光。ちょっと後ろ向きな内容ですが、曲調は底抜けに明るい。一番最後、フェードアウト直前のマックス・ウエインバーグの冴えたドラミングにシビれます。
BPM=113 ノリノリですよ!
アトランティック・シティ (『ネブラスカ』1982年)
あの人にも是非『ネブラスカ』を
アトランティック・シティはカジノを有する高犯罪率の街で、最近チキンマン(実在の人物)という闇の帝王が爆死したりして、混迷を極めている。そんな危険な街に、一攫千金を求めて向かっていく男の物語です。「今夜アトランティック・シティで会おう」と恋人にメッセージを送りながら……すさんでますねえ。全編ボスのギター1本でつづられるアルバム『ネブラスカ』からのシングル曲でした。ドナルド・レーガンが「ボーン・イン・ザ・USA」をほめたたえたと聞いたボスは、「彼には是非『ネブラスカ』を聴いてほしい」と言ったとか。現大統領にも是非!
BPM=108 ちょっとゆっくり。意外にビート効いてます。
ハングリー・ハート(1980年『ザ・リバー』)
この失踪男は結局どうなったのか?
ライブでは1コーラス目を全部客に歌わせるほどの人気曲ですが、登場するのは妻子を捨てて失踪する男。こいつはバーの女と先のない恋をするなど、屈折野郎ですが、まあどこにでもいるような男です。それがウォール・オブ・サウンズ調でご機嫌に仕上がっちゃうのがなんとも爽快。しかしこのボルティモアに妻子がいるのに失踪しちゃった男はその後どうなったのでしょう? それともすべては男のほら話なのでしょうか? 気になります。
BPM=110 ウォーキング的にベストトラックはこれかも。
こちらはポルトガルでのライブ(2016年)。いやはやすごい人気です。
光で目もくらみ(『アズベリーパークからの挨拶』1973年)
ファーストA面1曲目!
記念すべき1973年のデビューアルバムのA面1曲目。実は映画『カセットテープ・ダイアリーズ』の原題は「Blinded By the Light」、つまりこの曲と同名なのです。映画の中でも、重要な役割を果たしていますが、私はこれまで全くノーマークでした。映画を見て驚き、聴きなおし、その歌詞も調べましたが、はっきり言ってちんぷんかんぷん。「太陽を正面から見ちゃいけない。でもママ、そこが面白いんだ」というところ以外理解できませんでした。なんでもボスはこの曲を押韻辞書で言葉を探しながら書き上げたということで、歌詞には大きな意味がないのかなと思っていましたが、映画を見ると考えを改めざるを得なくなります……うーむ。
BPM=128 今回一番速い曲。十代のように速足で。
マイ・ホーム・タウン(『ボーン・イン・ザ・USA』1984年)
たしかに俺の街だった
ラストは「ボーン・イン・ザ・USA」のラストでもあるこの曲。内容はこうです。8歳の時、オヤジの膝の上で男は「ここがお前のホームタウンだ、よく見ておけ」と言われます。1965年にはその町で黒人と白人の抗争がありました。困難な時代だったが、「確かに俺の街だった」と男は回想します。35歳になった今、男の街を不況が襲います。社長に「お前のホームタウンには仕事がない」と言われ、男は昨晩、妻とこの街を出ようと決めました。次の日、自分の子どもを車に乗せて言います「息子よここがお前のホームタウンだ、よく見ておけ」。
BPM=116 生まれた町を思いながらゆったりと
というわけで全12曲。選定に苦労した一週間でしたが、楽しい作業でもありました。BPM110~120前後という縛りがあったものの、結果的にはベストアルバムに近いものになっています。テンポが速すぎて泣く泣く落とした「サンダー・ロード(BPM=140)」「ボーン・トゥ・ラン(BPM=145)」「ダンシング・イン・ザ・ダーク(BPM=149)」「アイム・オン・ファイヤ(BPM=178)」あたりが入れば、まんまベスト・オブ・ボス。『トンネル・オブ・ラブ』以降からは1曲も選んでませんが、世代感覚の問題とご容赦ください。
では皆さん、どうぞお元気で。
We Were Born To Walk!
文=武田憲人(さんたつ編集長)
こちらは『カセットテープ・ダイアリーズ』予告編。「サンダー・ロード」がミュージカル風に歌われる場面など最初は「へ?」と思いましたが、監督がインド系イギリス人女性と知って納得。このインド映画風テイスト、クセになります。