【東端:篠崎駅】もはや、お隣は千葉県です
昭和の名残を今もなお
噂の「東端のめっちゃいい酒場」は、最寄りの篠崎駅から徒歩20分の場所にある。行けども周囲は閑静な住宅地。
「本当にあるんかいな」と、一抹の不安を覚えた頃、眼前に突如商店街が現れ、その奥にお目当ての『大林』を発見! やっと会えた!
「実は、ウチの店ができた頃って、商店街じゃなかったんですよ」とは、店主の青木康徳さん。先代が創業した1967年頃から徐々に店が増え、商店街が形作られていったのだ。界隈は今なお宅地化が進んでいるが、『大林』は酒もつまみも出で立ちも創業当時のまま。変わらぬ昭和風情に魅せられ、今日も多くのファンが訪れる。
それにしても、ここの酎ハイったら豪快だ。コップになみなみ注がれた酒をジョッキに移し、割り物を注ぐ。配合は各々の加減ということだ。
ちびちび注いで割っていると、隣のオッチャンに「ニイちゃん、それは『乙女割り』だよ! 男なら酒全部つっこまなきゃ」と、笑われた。どうやら、先代の頃から通ってて、そう教えられたらしい。すると青木さん「無理しなくて大丈夫ですよ」と、ボソリ。言葉に甘え「乙女割り」でいただきます! おもしれえな、この呼び方。
最東端の酒場は、前評判以上! さあ、次のエリアはどんなかな?
【ベストオブ東端酒場はココ!】『酒処 大林』は、いつでも笑い声があふれる人情酒場
コの字カウンターの一体感が最高。カウンターをまたいで客同士が談笑している場面もしばしば。つまみを紙に書いて注文したり、お会計がソロバンだったり。昔ながらの昭和酒場の風情がここにある。
『酒処 大林』店舗詳細
【西端:武蔵関駅】降りた瞬間、にぎわい感じる
巡り切れないはしご酒
夜の帳(とばり)が下りた後も、通りは煌々(こうこう)と明るく照らされている。なかなかの酒場の密集地。こういう場所では、はしご酒をしたくなる。
商店街入り口の角地の『和楽』でたこ焼きをハイボールで流し込んだり、次に向かった『おお春』で地魚の刺し身で日本酒をくいっとやったり。行く店すべて外れなし。
けれども、最もローカルを感じたのは、立ち飲み『SHIPPO』だった。なにせ、1杯目を待っている間に、隣のお客さんに声をかけられたのだ。コミュニケーションのハードル低すぎでしょ。
店長の芳賀裕介さんは、「飲みの文化は、中央線沿いと似ているかもしれません」と、独自に分析。ああ、なるほど。言われてみれば西荻窪や阿佐ケ谷あたりと雰囲気が似ているような気がする。小さい店が多いからひとり客が多いし、店主や他の客との距離も近くなる。そう考えると、気さくなこの風情も納得だ。
さらに芳賀さん。「タバコ屋ビルの『ヒナタ』とか、北口の『ぐるぐる』とかもいいお店ですよ」と、周辺の耳より情報も。
ありがてえ! けれども、一夜じゃとても回り切れねえ!
いやはや、この街だったら行きつけも友達もたくさん作れそうだなあ。楽しくてにぎやかな西端はしご酒でした!
【ベストオブ西端酒場はココ!】『SHIPPO』入店・即・親近感
お手頃価格すぎるクラフトビールに、つい手が伸びてしまう。つまみも手が込んでいて侮れない。なにより店主の芳賀裕介さんの気張らない雰囲気が心地よし。サクっと飲むのが粋だけど、なんか長居しちゃいそう。
『SHIPPO』店舗詳細
【南端:六郷土手駅】その名に違わぬ“土手”の駅
いぶし銀点在する、川沿いの街
まさに三方を“土手”にかこまれた、珍しい地形のこの界隈。酒場自体の数は少ないものの、粒揃いな印象を受ける。高架下の『しなのや』、旧東海道沿いの『呑み処 ちょっと』など、雰囲気のある店が点在。
その中で心つかまれたのは、『家庭料理 風琉里』だ。決め手は店主・田中好美さんの「ウチには専属の釣り師がいる」という言葉。なにそれ、めっちゃひかれる。
聞けば、海釣りが趣味のご主人が釣果を上げた時、店のメニューで出しているんだとか。「常連さんには、LINEでお知らせしてます」と、田中さん。初訪のくせに「常連にしてください!」と、頼み込み、いざ再訪。
田中さんいわく「この辺りって、一人暮らしの人がほとんどなんです」。確かに空港が近いし、単身赴任者も多いだろう。そういう人たちにとって、家庭料理はたまらんよ。分かるわ〜。
そんなことを考えていたら、隣の卓のオッチャンから「いぶりがっこ食べなよ」とお裾分けが。「来るたびに違うつまみがあって楽しいんだ〜。お兄さんにも知ってほしくて」とにっこにこ。そんなこと言われたら、全力で甘えちゃいますよ!
店の数は少なくとも、素朴でほのぼの時間が流れていた最南端。心癒やされたいときに、また来よっかな。
【ベストオブ南端酒場はココ!】『家庭料理 風琉里(ふるさと)』胃袋がっつりつかまれる、温かい味
「私の家庭の食文化を、お店で出してる」と、店主の田中好美さん。旬の食材の料理は細やかで優しい味わい。全国津々浦々の珍味など、多彩なアテも楽しい。釣り魚の日は満席必至。予約してでも、ご相伴に預かりたい。
『家庭料理 風琉里』店舗詳細
【北端:見沼代親水公園駅】高架もここで途切れます
静寂で見つけた温かなにぎわい
何気に今回唯一の終着駅。駅前ロータリーにも、大通りにも、酒場はとんと見当たらない。マジか。ちょっと不安になってきちゃったぞ。
しかし、1本裏手の閑静な住宅地を行くと、遠くに眩い光が見える。引き寄せられるように向かうと、酒場だ。夜道を照らす赤提灯。引き戸から漏れ出す笑い声。『田舎家』を見つけた瞬間の安堵感ときたら、もう。
店主の田口淳一さんは父親から店を引き継いだ2代目。「親父(おやじ)が始めたのは40年ほど前でしたかね」。つまり、この地に日暮里舎人ライナーが通る前からあるということか。店名には「田口さんの、舎人の、家のような店」という意味が込められている。
現在は田口さんと奥さん、娘さんの3人で店を切り盛りしている。そして、客の9割は地元住民で、大体みんな顔見知り。なので、田口一家とのやり取りも、客同士のやりとりも、親戚のような親しさがにじみ出ている。まさに『田舎家』は、「みんなにとっての家」なのだ。
「君は、どこから来たんだい」。ふと、声をかけられた。ああ、バレてましたか、輪に入りたがってたの。仲間にしてもらって、いいですか。
最北端の温かなコミュニティー。帰省するような心持ちで、また来ます。
【ベストオブ北端酒場はココ!】『田舎家』には「ただいま」と言いたい、故郷感がある
看板の焼き鳥と焼きとんは、創業から継ぎ足しのタレで。タマネギやニンジン、リンゴなどの爽やかな甘みがクセになる。常連衆の話に耳を傾け、テレビに目を向け。心地よいにぎわいもつまみに、また酒が進む。
『田舎家』店舗詳細
取材・文・撮影=どてらい堂
『散歩の達人』2024年1月号より