行列が絶えない理由は、料理への徹底的なこだわり
“食べる美術館”をコンセプトに掲げる『菩提樹』の店内は、ユニークでレトロな空間が広がっている。
「先代が骨董に長けていた関係で、店に飾られている骨董品はどれもこだわりの品ばかりです。うちの店は、本当に美術館みたいなんですよ」
店の雰囲気に圧倒されていると、浅川さんが気さくに話しかけてくれた。
元々は全くの異業種で働いていた浅川さんだが、元来料理好きであったことから、30代で一念発起して飲食の世界に飛び込んだ。以降『菩提樹』の料理長を経て、現在は店長として活躍している。
「うまい、まずいで良し悪しが判断される飲食業界に昔から魅力を感じていて。そして提供する全ての料理にとことんこだわる『菩提樹』という店は、まさに自分が求めていた環境でした」
「カレーひとつ作るにしても、とても手間をかけているんです。レシピは企業秘密ですが、うちのカレーは“カレーライス”としては出さず、店のとんかつに合う味に調整してから“カツカレー”として提供しています。そんな風に、『菩提樹』は一つひとつの料理にとことんこだわる店なんですよ」
異業種から食の世界に転身した、生粋の料理好きである浅川さんの言葉には説得力がある。
100人以上が入れる大箱店でありながら、ランチタイムは常に行列が絶えない。この事実がまさに、このお店の料理が多くの人々に“うまい”と認められていることの証といえよう。
歴史ある伝統の味わい!一度は食べておきたい絶品A5和牛ハンバーグ
今回はランチで1番人気という、1日限定20食のA5和牛ハンバーグ1980円をいただくことに。
「このハンバーグは、創業当初からある店の歴史が詰まった一品です。食通の常連さんに“今まで食べたハンバーグの中で一番おいしい”と評価されたこともある、店の看板メニューなんですよ。僕自身も、間違いない味だと自信を持って提供しています」
グルメ達が太鼓判を押す伝統のハンバーグ、これは期待大!
『菩提樹』名物とも噂されるしそご飯は、その素朴な見た目からは想像できないほど、かなり手間暇かけて作っているそう。
確かにこのしそご飯は、主張し過ぎない大葉の爽やかな風味が、米の甘みと巧みに絡み合って非常においしい。常連の中には、このしそご飯を目当てに来店する人もいるそうだ。
鉄板の上でジュージューと焼かれるハンバーグは、その見た目と香りだけでご飯が進みそうな、王者の貫禄。
ソースはデミグラス、ガーリックオイル醤油、わさび醤油の3種類から好みのものを選べるが、今回は王道のデミグラスソースでいただくことに。
毎朝新鮮なA5和牛を店で挽くところから始まるというこのハンバーグは、その見た目通り、一口食べて和牛の肉々しさがガツンと伝わってくる。噛めば噛むほど肉の旨味が口いっぱいに広がって、飲み込むことを惜しいとさえ思ってしまうほどだ。
濃厚なデミグラスソースは、ハンバーグと絡めていただくのはもちろん、付け合わせのもやしと合わせても最高に美味。聞くと、焼き加減にも強いこだわりがあるようだ。
「うちのハンバーグは基本的にミディアムレアでのご提供です。火を入れ過ぎると、旨味が詰まった肉の脂が流れ出てしまうんです。A5和牛のおいしさを一番味わえる焼き加減が、ミディアムレアかなと。もちろん、お好みでレアやウェルダンなどにも調整できますよ」
赤みの残る状態でもおいしくいただけるのは、新鮮な牛肉を使っているからこそなし得る芸当。熱烈なファンが多いのも納得できる、何ともリッチな味わいだ。
千切りキャベツがメインのシンプルなサラダは、随所で時折表れる大葉の風味が絶妙。醤油ベースのお手製ドレッシングも、程よい塩味と香ばしさでサラダにぴったり!
お店こだわりの漬物は、どれも箸が止まらなくなるクセになる味わいだが、中でもおすすめなのは自家製キムチ。程よい辛さで奥深い旨味がたまらない。洋食の副菜としてはちょっと珍しいが、このピリリとした刺激が意外にもハンバーグと合うのだ。
この味噌汁を、ただの味噌汁とあなどってはいけない。“出汁は絶やさない”をモットーに掲げる『菩提樹』では、何の料理に合わせてもおいしくいただける、オールマイティな出汁を毎朝大きな寸胴いっぱいに仕込んでいるのだ。
料亭で出てきてもおかしくないレベルの旨味を持ちながら、どこかほっとする懐かしい味わいでもあるから不思議。
ボリューム満点の品揃えだったが、それぞれが自身の役割をしっかり果たしていて、最後まで飽きることなくぺろりと完食してしまった。お値段以上の満足感!
新旧の良さを兼ね備えた、雰囲気も味も楽しめる洋食店
「正直、ランチの和牛ハンバーグは原価ギリギリです(苦笑)。でも、少しでも多くのお客様に『菩提樹』のハンバーグのおいしさを味わっていただきたい。先代も自分も、その強い思いがあるからこそ、このハンバーグを提供し続けています」
老舗店なだけあり、和牛の仕入れ先は付き合いの長い業者が多い。しかし、肉の質に納得がいかなければ、先方にぴしゃりと物申すことも、返品することもある。
「和牛は毎日欠かさず使う大切な食材です。だから、肉の質や脂の入りは毎朝入念にチェックしていますよ。うちの店では、納得のいく和牛しか使っていません」
素材の選定から一切妥協しないからこそ、あれだけ贅沢な味わいのハンバーグを生み出せるのだろう。
「『菩提樹』は歴史ある店だからこそ、古き良きことは残しながら、お客様の舌を飽きさせないよう日々挑戦し続ける必要があります。季節ごとに新メニューを考案したり、日替わりランチを提供したり。これがものすごく大変なんですけど、それ以上に楽しいんですよ」
店長になった今も尚、料理にも深く関わっているという浅川さんの語り口からは、お店への想いと料理愛がひしひしと伝わってくる。
「『菩提樹』は店の雰囲気だけでなく、スタッフも料理も言うことなしの店だと思っています。もちろん利用して下さるお客様も素敵な方ばかり。そんな店の魅力を、自慢のハンバーグを通して少しでも多くの方に伝えられたらうれしいですね」
水道橋の地下1階に、こんな素敵空間が広がっていたとは、一体誰が想像できようか。
今回いただいた贅沢すぎるハンバーグランチは、平日は12時過ぎ、土日は開店30分ほどで完売してしまうことが多いそう。ランチ時に水道橋を訪れた際は、ぜひ早めの来店を狙って、この至高の味わいを堪能してほしい。
『菩提樹』のハンバーグを一口食べれば、なんてことない日常の昼下がりが、とびきり最高のランチタイムに一変するはずだ。
/定休日:不定/アクセス:JR総武線・地下鉄三田線水道橋駅から徒歩3分
取材・文・撮影=杉井亜希