焼き肉をじっくり味わえる半個室&広めの席がポイント
川崎駅から車で約10分の京浜工業地帯に位置する浜町。大島四ツ角から産業道路までをつなぐセメント通りの周辺には、大正から昭和にかけてコリアタウンとして発展してきた歴史がある。全盛期ほどではないものの、現在も川崎にキムチ専門店や焼き肉屋などが多いのはそのためだ。
セメント通りへ行くときは、川崎駅東口からバスを利用するのがおすすめ。新川通り(県道101号)沿いの「大島四ツ角」バス停で下車すると、セメント通りの手前に着く。そこから脇道へ入ってすぐのところにある焼き肉店が『焼肉海鮮 山水苑 浜町本店』だ。
ここでは、芝浦の食肉市場で仕入れた新鮮な黒毛和牛を使ったランチが食べられるとあって、お昼時から客足が絶えない。
1階の席は、すべて半個室になっており、席ごとに仕切りが設けられている。これなら周囲の目を気にすることなく、焼き肉に集中できそう。座席は、靴を脱いでリラックスできる掘りごたつ席と、サッと腰掛けられるソファタイプのテーブル席の2種類。
また2階には、約60人が入れる大きな座敷や、細長いテーブル席などがある。厨房がある1階に比べて、客室をより広く取ってある印象だ。1階も2階も全体的に4~8人で座れる広めの席になっているため、子ども連れの家族でもゆったりくつろげるのがうれしい。
1品たりとも外せないA5和牛ランチの食後感に浸る
取材に応じてくれたのはマネージャーの金秀煒(きん すい)さん。同店の創業者は金さんのお祖母さまだという。約10年間イタリアンや和食などのお店で修業した経歴を持つ金さんは、店舗の運営管理からお肉の仕入れ、価格交渉まで担っている。
さっそく金さんにランチメニューのイチオシを尋ねると、A5和牛ランチ1780円と即答。「A5の希少な和牛だけを使っています。当店のランチタイムを忙しくしたメニューの一つですね」。その表情から、自信のほどがうかがえる。
ということで、A5和牛ランチを用意してもらうため、金さんの案内で厨房へ。まずは寸胴鍋に入っている生ダレをよく混ぜる。この生ダレは、ニンニクやフルーツ、唐辛子などから出汁を取って醤油や調味料を加え、非加熱で熟成させた自家製だ。
そして生ダレをお肉に揉み込んでいく。「しっかり和えながら揉み込むことを韓国語でムンチって言うんです」と金さん。
「ムンチしてから盛り付けて出すことで、お肉のおいしさが引き立ちます。さらにタレが焦げたときの香ばしさや、調味料のクセになる味わいも楽しめる。いいタレをつくれば、リピーターの獲得につながるんですよ」。
続いて、モヤシ&ほうれん草のナムルとキムチを盛り付ける。鮮度のよさが光るナムルは、プリッとした茹でたて。またランチとディナーで味付けが異なるキムチも見逃せない。お酒に合うディナーのキムチに対して、ランチのキムチはライスとの相性抜群だ。
もちろんライスも手抜きナシで、国産コシヒカリをガス釜でふっくらと炊き上げている。ちなみにライスの大盛りは無料。あとは、あっさりとした塩ベースのわかめスープ、酸味を効かせた特製ドレッシングでいただくサラダを盛り付ければ出来上がり。
「バランスをすごく考えてつくっています。A5和牛ランチを食べたあと家に帰って、また食べたいなって思う、そのバランスのことをウチでは“食後感”って呼んでいて。このランチ1品でストーリーを完結させたかったので、すべて外せないメニューなんです」。
金さんの言葉どおり、ナムルやキムチはご飯のおかず、わかめスープとサラダは箸休めの役割を見事に果たす完璧な布陣だ。そして何よりご飯が進むのは、主役の焼き肉。肉質はしっとり柔らかく、かむたびに脂身の甘さや濃厚な旨味があふれ口の中を満たしていく。ランチでこれほどのぜいたくが許されていいのか……。
背徳感を覚えるレベルの焼き肉が堪能できるのは、何もA5ランクの黒毛和牛だからというだけではない。「タレは焼き肉屋の命」と金さんが語るように、その秘密はタレにある。ニンニクでパンチを効かせつつ濃すぎない絶妙な味付けが、お肉の旨味を最大限に引き出す。このバランスは先述した生ダレ(もみダレ)と、つけダレが一体になったときに完成する。A5和牛ランチを完食すれば、金さんの言う「食後感」の意味がよくわかるはず。
創業当初から代々受け継がれる「美味探究」の精神
焼き肉のタレからキムチ、スープまで、手作りにトコトンこだわる『焼肉海鮮 山水苑 浜町本店』。目指しているのは「地域でいちばん愛されるお店」だ。そのルーツは、金さんのお祖母さまの代から息づく「美味探究」の精神にある。
「料理の先生をやっていたこともある私の祖母が、屋号をつけてオープンしたときから、料理にはこだわっていました。ほかの焼き肉屋でタレの味見をしたりとか、メニューの開発に貪欲だったりとか、祖母は常に研究をしていましたね」。
創業当時は、ホールと厨房が分かれていないような「煙モクモクの焼き肉屋だった」という。そんな地元で愛されるお店ならではのエピソードも聞けた。
「常連のお客さんが『今日はレバーが食べたいな』って言ったら、祖母は『ちょっと待ってて』って。すぐに近所の肉屋でおろし立てのレバーを買ってきて、その場で切って出してあげる。そういう感じだったんですよ」。
お祖母さまの温かい人柄と、よりおいしいものを出したいという信条が、ひしひしと伝わってきた。そしてこの信条は、いまも脈々と受け継がれている。だからこそ手作りと出来立てにこだわり「牛肉の種類や部位によって、タレを全部分けている」のだ。
現在『山水苑』は浜町本店を含めて2店舗あり、2024年は蒲田に3店舗目のオープンを控えている。伝統を守りながら高めていく浜町本店に対し、新店舗では金さんの色も出していくという。本店同様、新店舗もきっと「地域でいちばん愛されるお店」になるに違いない。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=上原純