作り手の思いを肌で感じる場が揃う

日本橋中央通りにはクラシカルな建築が立ち並ぶ。
日本橋中央通りにはクラシカルな建築が立ち並ぶ。

老舗が立ち並ぶ中、思いもせぬガチャガチャに目が吸い寄せられた。「手作りアートが引けますよ」と誘うのは、『Art Mall』代表の久保かずのりさんだ。「ギャラリーからもっと人々に近づいていかないと」と、2016年、銀座のギャラリー5軒のアンテナショップとして開店。ほのぼのした作品に釣られ、仕事の合間に立ち寄る人もいて「日本橋の人は温かい」と目を細める。小路が入り組む界隈は、小さな店が肩寄せ合うが、フランス仕込みの焼菓子店『Maison en paind’épices(メゾン オン パン デピス)』店主のグレさんによると、日本橋室町一丁目は目下、再開発が進行中とのこと。2023年9月開店のこの店も期間限定で「ご近所さんがやさしいし、この街で続けられたら」と期待を込める。

再開発地区・日本橋室町一丁目。小路の情景が見られるのも今のうち。
再開発地区・日本橋室町一丁目。小路の情景が見られるのも今のうち。

そもそも日本橋を起点に東西に延びる街道沿いは、江戸開府以来の商人の街。扱う品は様変わりしたが、目の肥えた客の質は江戸随一と謳(うた)われた往時のままだ。「日本橋は本物が集まる街。そこに集まる人たちに評価してもらえたら」と、岐阜で人気の『ツバメヤ日本橋店』代表取締役の岡田さや加さん。往来する外国人を通じて世界への発信を目指す店もある。『GOOD COFFEE FARMS Cafe & Bar』ストアマネジャーの高見澤肇さんは、「生産者と消費者をつなぐのにいい街」と、SDGsの取り組みに共感する界隈の老舗とタッグを組み、『単向街書店 東京』代表の松本綾さんは、「多様な文化を創出したい」と、アジアをテーマに多国籍交流を深めている。

三越前駅のコンコースで見られる熈代勝覧(きだいしょうらん)。江戸時代の情景がよく分かる。
三越前駅のコンコースで見られる熈代勝覧(きだいしょうらん)。江戸時代の情景がよく分かる。

他にはないものを探すなら、小路へいざ

江戸幕府の幕開けに架けられた日本橋は五街道の起点。
江戸幕府の幕開けに架けられた日本橋は五街道の起点。

京橋あたりでは、アート&カルチャー色が濃厚になる。もともと画廊、ギャラリーの集中エリアは銀座だったが、今では京橋、日本橋へと広がっている。その中で京橋は、目利き・感性が独特で多彩なジャンルが席巻中だ。しかも、目指さないと見つけられない立地にも胸が高鳴る。最たるは『ギャラリーうとうと』だ。「階段を上がる時、ワクワクするでしょ?」と代表の宮脇よし子さん。「おしゃべりしたり、外を眺めたり、ほっとしてもらえたら」と話す温かな人柄にも惹(ひ)きつけられる。

ビルの隙間の於満稲荷神社。於満とは家康公の奥御前の名。
ビルの隙間の於満稲荷神社。於満とは家康公の奥御前の名。
アートの街を象徴する試み「KYOBASHI ART WALL」に入選した若手アーティスト作品を仮囲いで展示中。
アートの街を象徴する試み「KYOBASHI ART WALL」に入選した若手アーティスト作品を仮囲いで展示中。

銀座も然(しか)り。個性派ギャラリーが集まる奥野ビルでさまようと、『SO Ponte 銀座ブーケ』でカラフルな花やブドウに誘われた。「この形にしたお菓子は本場イタリアでも知らない方がいるみたい」と、店主の寺林成子さん。他にはない名品発掘の連続に心が躍るばかりだ。

銀座三越のライオン像は客の守護神。なでていく人もいて、ライオンの手はテカテカに光る。
銀座三越のライオン像は客の守護神。なでていく人もいて、ライオンの手はテカテカに光る。

締めにと潜り込んだ『日本酒めっけもん』では、丁寧に仕込んだおでん、それに合わせた燗酒が待っていた。その腕と目利き、レトロモダンな風情には感服。ゆっくりと温まりながら、数々の戦利品を手に、確かな満足感が込み上げてきた。

奥に稲荷が鎮座する三原小路。石畳が灯を照り返し、艶やかな風情だ。
奥に稲荷が鎮座する三原小路。石畳が灯を照り返し、艶やかな風情だ。
海外ブランドが軒を連ね、ピカピカと光り輝く銀座中央通り。
海外ブランドが軒を連ね、ピカピカと光り輝く銀座中央通り。
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『単向街書店 東京』アジアと日本の書棚がアーティスティック[京橋]

小さな店だが背の高い書棚が圧巻。アジアの思想家50人を紹介する。
小さな店だが背の高い書棚が圧巻。アジアの思想家50人を紹介する。

2005年に図書館としてスタートした中国の書店が日本初上陸。文学、歴史を中心に、和書の中国語訳、アジアの書籍の日本語訳が並ぶ。また2階にはカフェ空間を設け、交流イベントも開催。オリジナルグッズもあり。

・11:00~20:00、無休。
・☎03-6263-0116
・Instagram:onewaystreettokyo

原書とアジア版で編集・装丁が異なり、見比べるのも面白い。
原書とアジア版で編集・装丁が異なり、見比べるのも面白い。

『Maison en pain d’épices(メゾン オン パン デピス)』期間限定の小さなフランス焼き菓子店[三越前]

フィナンシェ190円~、クッキー220円~、ケーク310円~など、日替わりで登場。
フィナンシェ190円~、クッキー220円~、ケーク310円~など、日替わりで登場。

路地に立つのは、フランスで菓子作りを学んだ店主グレさんの店。ザクザククッキーにスパイスを効かせたケークなど、きび砂糖や三温糖を用いたやさしい甘みで売り切れ御免。2024年7月まで営業。

・8:00~17:00、水・土・日・祝休(第1土は営業)。
・☎なし
・Instagram:maison_en_paindepices

『Art Mall(アート モール)』連れて帰りたくなるお手頃アートが満載[三越前]

「暮らしにアートを」と、現代アートの作家約50人の作品を1階のみならず、階段脇にも展示。また、店頭にはアートガチャを設置。彫刻家の小泉恵一さんからの提案で手作りアートが手に入る。週替わりの企画展は2階で開催。

・12:00~20:00(日は~18:00)、月休。
・☎03-6262-1522

アートガチャ500円。作家の一点もの、地元メーカーの非売品をゲット。
アートガチャ500円。作家の一点もの、地元メーカーの非売品をゲット。

『coffee KEYAKI』裏路地のコーヒースタンドでほっこり[三越前]

スペシャルティー豆のハンドドリップコーヒー450円~が香り豊か。アイスコーヒー500円は、ホイップまたはバニラアイスが無料という太っ腹ぶりもうれしい。テイクアウトが基本だが、行燈がともる2席の店頭イートイン席で、マスターと歓談するのも楽しい。

・11:00~18:00(火は~15:00)、月休。
・☎なし

『GOOD COFFEE FARMS Cafe & Bar』青い自転車で脱穀したサステナブルコーヒー[日本橋]

ドリップする本日のコーヒー495円、老舗『桃六』の餡使用のつぶあんバタートースト550円。
ドリップする本日のコーヒー495円、老舗『桃六』の餡使用のつぶあんバタートースト550円。
マネジャーの高見澤さん。
マネジャーの高見澤さん。

店頭の自転車は、水、電気、燃料を使用しないコーヒー豆の脱穀機として開発した初号機。グアテマラ出身のカルロス・メレンさんは“地球環境・コーヒー農園・消費者にGOOD”を目指し、2022年に直営店を開いた。すっきりした喉越し、コクと香りが豊かだ。

・8:00~20:00、無休。
・☎070-4797-4932

豆も販売。
豆も販売。

『ツバメヤ日本橋店』きな粉の海から掘りだすわらび餅[日本橋]

わらび餅8切入り木箱1720円。
わらび餅8切入り木箱1720円。

つるんとしてひんやり。黒糖と練り上げ、一つずつ手切りした丸いわらび餅がみずみずしく、舌にうれしい甘み。北海道産大豆の風味そのままの、きな粉をたっぷりまとわせて。岐阜・柳ヶ瀬の名店による東京初出店。

・10:00~18:30(売り切れ次第閉店)、火休
・☎03-6262-6838

草もち1個280円、ふかふかのどら焼き330円。
草もち1個280円、ふかふかのどら焼き330円。

『スパンアートギャラリー』ビルの階上で独特な世界観をのぞく[京橋]

幻想耽美、怪奇、漫画、ドール、オブジェなど、サブカル色強め。運営する種村一家は、漫画家・丸尾末広氏の展覧会を機に「楽しくないと」と、現代アートから路線変更。限定本やギャラリーグッズも必見。

・11:00~19:00、水・不定休
・☎03-5524-3060
・Instagram:spanartgallery

『ギャラリーうとうと』ギャラリーという名の天空サロンで憩う[京橋]

宮脇さんを挟み、洋傘作家の近藤美佐子さんと草木染めストール作家の安倍佑里乃さん。
宮脇さんを挟み、洋傘作家の近藤美佐子さんと草木染めストール作家の安倍佑里乃さん。
プリンとコーヒーのセット1000円。
プリンとコーヒーのセット1000円。

階段で最上階まで上がると、光と風が心地良いギャラリーが。「素材が良く、手仕事のぬくもりがあって、手に届くものを」と、代表の宮脇よし子さんが惚れた作家を週替わりで展示販売。コーヒーを手に談笑する常連も多い。

・12:00~18:00、日休
・☎03-3566-0061
・Instagram:gallery_utouto

窓から望む銀座。
窓から望む銀座。

『SO Ponte 銀座ブーケ』/『BRETON』ギャラリーひしめくレトロビルに新顔登場[銀座]

『SO Ponte 銀座ブーケ』。
『SO Ponte 銀座ブーケ』。
『BRETON』。
『BRETON』。

昭和初期の面影を残す奥野ビルに新店が登場。『SO Ponte 銀座ブーケ』は幸せを運ぶイタリア菓子のコンフェッティがキュート。『BRETON』はアルゼンチン産馬革がクールだ。

『SO Ponte 銀座ブーケ』/
・12:00~17:00、月~水休
・☎090-7224-7564
・Instagram:ginza_bouquet

『BRETON』/
・12:00~19:00、火・水休
・☎03-5579-9255
・Instagram:breton_horse_leather

『日本酒めっけもん』いぶし銀な風情と裏腹に朗らかなる晩酌タイム[銀座]

ひなびた地下飲食店街ながら、店主の佐藤哲也さんは朗らかな話し好き。昆布とカツオの出汁が染みたおでんをつまみながら、酒談義が止まらなくなる。肴2品+酒1合、3種の利き酒セット+おでん2品、共に2000円。単品もあり。

・17:30~24:00、日・祝休
・☎03-3572-5739
・Instagram:tetsuryu100

【名店をたずねる】『大衆割烹 三州屋 銀座本店』銀座の通人が愛する昼酒・夜定食[銀座]

暖簾(のれん)がはためくのは、路地のさらに奥。目立たぬ場所なのに、開店から閉店まで客足の絶えることがない。

銀座本店の創業は1968年。初代の岡田正之さんは、叔父が営んだ神田「三州屋」(閉店)から独立し、始めたと懐かしむ。そもそも三州屋の発祥は蒲田(閉店)。その創業者は三河出身で、神田の叔父の叔父だ。親戚筋が多く修業し、暖簾分けで一時期15店舗以上を構えたという。

壁をにぎわすお品書き。
壁をにぎわすお品書き。

銀座とはいえ、目立たぬ路地の格安物件。路地に客は来ないと言われたが、過去に鰻屋があったことから井戸水が豊富で、従業員とともに仮住まいできる広さ、加えて当時は近くに都庁や新聞社などが林立。昼夜ぶっ通し営業の神田三州屋スタイルを踏襲したら、大当たりした。「路地奥だから、昼から飲んでも目立たなくていいって言われましたよ」と、岡田さん。そして、文化人も通う店にまでなったのだ。

刺身盛り合わせ定食1500円は味噌汁、お新香付き。冬の名物カキフライは1個350円から注文可。名物のとり豆腐680円は胃の腑に染みる。サッポロ赤星大瓶950円。
刺身盛り合わせ定食1500円は味噌汁、お新香付き。冬の名物カキフライは1個350円から注文可。名物のとり豆腐680円は胃の腑に染みる。サッポロ赤星大瓶950円。

ずらりと並ぶ短冊のお品書きに目が迷うが、昼夜共に定食があるのが心強い。ガッツリご飯はもちろん、これで酒を飲むのも手だ。豊洲仕入れの鮮魚は、舌に吸いつくようなマグロをはじめ、肉厚で鮮度の良さを実感。さらに、うまみたっぷりの煮付け、大ぶりのカキフライなど、名物料理は枚挙にいとまがない。ビールがくいくい進んで仕方なし、だ。

定食、酒肴が揃い、長年通う常連多し。
定食、酒肴が揃い、長年通う常連多し。

岡田さんは、怪我、老朽化による銀座一丁目店の取り壊しが重なり板場を引退したが、河岸での仕入れは今なお日課だ。「マグロにも裏と表があるということを、今は知らない人がいるからねぇ」と嘆くものの、信頼する弟と甥っ子が板場を守り、息子の三州ツバ吉さんが2代目として店を支えていると相好を崩す。

杯を重ねていると、掌を通してテーブルの肌触りの良さにも気づく。こちらは何度となく削り直し、白木の肌を清潔に美しく保ち続けているという。これぞ、老舗の矜持!

若い女性から老紳士まで、相席しながら和やかに酒や食事を楽しむ店は、今日も活気に満ちている。

初代の岡田さんと、2代目でプロレスラーの三州さん。板前さんと3人で日々豊洲市場へ出かけている。
初代の岡田さんと、2代目でプロレスラーの三州さん。板前さんと3人で日々豊洲市場へ出かけている。

『大衆割烹 三州屋 銀座本店』店舗詳細

住所:東京都中央区銀座2-3-4/営業時間:10:30〜22:30LO(土・祝は~22:00、日は~19:00)/定休日:無/アクセス:地下鉄有楽町線銀座一丁目駅から徒歩3分

取材・文=林さゆり 撮影=加藤熊三
『散歩の達人』2023年12月号より