若いパティシエがスモールスタートで開発したオリジナル和洋菓子の店
GTプラザの裏手をそのまま駒沢通り方向に進むと、小さな店舗ばかりが並ぶ一角がある。その中にあるお店のひとつが『KOTOBUKI TOKYO』だ。
カウンターのガラスケースには看板商品の羊羹フロマージュが並ぶ。羊羹フロマージュは、チーズケーキと羊羹を組み合わせたもので、和洋菓子と銘打っている。
作っているのは店主の黒川雄基(くろかわゆうき)さん。調理と製菓の専門学校を卒業後、パティシエの技術を習得するため銀座の洋菓子店で修業。その後フリーの菓子職人として活動していたときに、現在の場所で店を開く話が持ち上がった。『KOTOBUKI TOKYO』がオープンしたのは2022年4月だが、準備期間はわずか1カ月ほどだったとか。
「ベイクドチーズケーキの部分はオーブンがないので、鍋で作っています」
偶然見つけた鍋でお菓子を作るレシピを応用して出来上がったのが羊羹フロマージュだという。黒川さんは洋菓子出身だというのに、厨房にあって当然の道具、オーブンがないと聞いて驚く。最近よく聞くスモールスタートというわけだ。
「いろんなことを試せるのが個人店の強みだと思います。設備よりも材料にお金を使えていることもメリットでした」
組み合わせいろいろ。毎日10種類が並ぶ羊羹フロマージュ
羊羹フロマージュは季節限定を合わせて10種類ほど用意している。いちばん人気はプレーンで、クリームチーズと卵、砂糖だけを使ったシンプルなベイクドチーズケーキに低糖の粒あんで作った羊羹を合わせている。土台はクッキーにバターを合わせて、少し塩をきかせることで、バランスよく仕上げた。
プレーンの他は柑橘や抹茶などが定番。洋菓子店で磨いた技術と知識によって、さまざまな素材を羊羹フロマージュに落とし込んでいる。期間限定のティラミスや栗、ぶどう、春には桜などバリエーションが豊富で、毎日10種類。材料の組み合わせもおもしろいので、どれを選ぶか迷わないわけがない。
ドライの温州みかんをのせて華やかさを演出した柑橘の羊羹フロマージュを店内でいただくことにした。すると出てきたのは、お重だ。両手で蓋を持って、うやうやしく開ける体験には非日常を感じる。
中には、柑橘の羊羹フロマージュと一緒に小さなお皿にのせられて2種類の羊羹フロマージュが入っている。2種類は試食用のおまけで、このとき添えられていたのは黒ゴマ、そしてラズベリーとピスタチオを組みわせたものだ。
まずは、悩んだ末に選んだ柑橘の羊羹フロマージュから。柑橘らしい爽やかさが口に広がる。柑橘は通年メニューだが、季節によって使う柑橘の種類が変わる。今回は柚子と温州みかんのあんこをミックスして羊羹に使っている。チーズケーキはレモンだ。羊羹と寒天の中間のような上部の羊羹部分は、温度によって食感が変化する。
「自宅で召し上がるときは20秒ほど電子レンジにかけると、チーズケーキは艶やかになり、上部の羊羹は柔らかくなって、味わいが変わります。冷凍してアイスのように食べるのもおすすめです」
いろいろな味を試して、喜んで欲しいから試食も
試食のおまけは、断られない限り提供しているという。試食というにはしっかりした量で、10種類から迷って選んだあとに2種類も味わえるのがうれしい。
「試食として提供しているのは、作っているときに出る切れ端などです。毎日10種類並ぶのであれこれ試してもらいたいのと、気に入ったら誰かへのプレゼントなどとしてテイクアウトしてもらえたらうれしいです」
数ある羊羹フロマージュの中で黒川さんのイチオシは黒胡麻。チーズケーキと羊羹両方にたっぷりの黒ゴマペーストを混ぜ込んでいる。少し温められていて、羊羹部分はとろり、チーズケーキ部分は黒胡麻のテリーヌのようで濃厚だ。ラズベリーとピスタチオはラズベリーの羊羹が華やかな味わいで、ピスタチオの香りと味がしっかりしたチーズケーキとのコントラストが楽しめる。
もともと人に喜ばれる仕事をしたいとパティシエを志していた黒川さん。羊羹フロマージュを作ったのは、普段はあんこや和菓子を食べない人に興味を持ってもらいたいという気持ちもあったからだ。
オープンからわずかの間に『KOTOBUKI TOKYO』のお菓子は、あんこになじみ深い近隣のお年寄りのお気に入りとなり、中目黒を訪れる外国人にも喜ばれているほか、赤坂にある迎賓館のアフタヌーンティーにも採用された。今後ますます和菓子好きを増やすことに貢献していきそうだ。
取材・撮影・文=野崎さおり