2001年にオープン。“昭和初期の函館ラーメン”を提供
東銀座のシンボル・歌舞伎座のほど近くにあるラーメン店『船見坂』。近代的な高層ビルやモダンなショップが並ぶ中に、古き良き昭和の面影を感じさせる外観がかえって個性を際立たせている。
店に入ると、店主の桐林正彦さんが厨房でせっせとラーメンを作りながらも挨拶をしてくれた。促されるままカウンターの隅っこに座ると、後ろに座っていた外国人の旅行者らしきカップルが珍しそうに店内を見回している。うんうん、わかるよ、その気持ち。
調理が一段落したところで、桐林さんが話を聞かせてくれた。「この店は2001年に函館ラーメン店としてオープンしました。もともとは初代の店主が立ち上げたんですけど、営業を休んでいる時期もあって。ご縁があって2014年に僕がここを譲り受けました」。
そもそも桐林さんは2010年から約2年間ここで働いていたが、2012年に独立し、自らもラーメン店を経営していた。「ちょうど自分がやっていた店が2014年に立ち退きになったので、いいタイミングだったというのもあります。再オープンすると、知った顔がたくさんお見えになって『おかえり』って言われました」とうれしそうに笑う。
学生時代にラーメン店でバイトをしていた経験から料理の道へ入った桐林さん。有名中華料理店のコックをしていたこともあるが、「コックは厨房に入ってひたすら料理を作るだけ。だけど、ラーメン店はお客さんの反応が目の前でわかるのが楽しかった。僕は働いて同じお金をもらうならそういう環境のほうがずっといいと思ったんです」と、仕事のやりがいを話す。
提供するラーメンの味は先代が作った“昭和初期の函館ラーメン”がベースだが、桐林さんが代を継いでからは時代の流れやお客さんの嗜好を反映させながら少しずつ味が変えているという。
昭和初期の味を目指し、当時のレシピを参考に特注麺を再現
函館といえばやはり塩ラーメン。味噌、醤油もあるのだがやっぱり看板は塩そばだ。そもそも先代が北海道に行った時、函館ラーメンを食べてそのおいしさに感銘を受け、店をオープンするに至ったという。
店頭にも写真と文言で大きく紹介されている塩そば。とりわけ大切なメニューとして引き継がれている。メニューのこだわりについて質問していると、桐林さんは「塩そばの麺は一般的なラーメン屋によくあるたまご麺とはちょっと違います」と切り出した。
「これは昭和初期の麺レシピを再現しているんです。粗めに挽いた小麦粉で作っているんですよ。あとで食べていただければわかると思うんですけど、ちょっと固めなんですよ。食感的にもサクサクっと歯切れがいいですね」。
それはぜひいただいてみたい! 店の外のメニューを見たときから塩そばを食べてみたいと思っていたので筆者にとっても好都合だ。
まろやかで透き通った黄金スープの塩そばは、歯切れのいい麺とマッチ
迷うことなく塩そば800円をオーダーした筆者。待ちきれなくてカウンターに身を乗り出しながら、桐林さんがラーメンを作る様子を眺める。北海道産真昆布、干し貝柱、鶏ガラやトンコツ、新鮮な野菜を大量に使用しとろ火でコトコト煮込まれた旨味たっぷりの清湯が、大きな寸胴鍋に仕込まれていた。
「塩ダレには備前岩塩を使っているんですよ。先代がセレクトした塩なんですけど、素朴な昔っぽい味を出すにはベストだったんじゃないかと思いますね」と桐林さん。
「さっき、先代の味に少しアレンジを加えていると言いましたけど、塩そばは出汁の割合やスープの取り方を少し変え、今は少し濃厚になっていると思います。時代的にもお客さんはこってりしている味のほうが好まれる気がするのでね」。
たっぷりのスープに茹で上げた麺を整えて入れ、豚バラのチャーシュー、メンマ、ほうれん草、ネギ、ナルト、海苔を乗せて完成だ。
ゆらり、ゆらりと湯気を立て、ついにテーブルにやってきた我が塩そば。麺を箸ですくってハフハフと息をかけ軽く冷ましてから……いただきまーす!
まずはスープから。魚介と動物系、野菜の旨味がバランスよく混ざり合ってまろやか〜なやさしい味わい。香りの余韻は続くが、後味はキリッとしている。
「もしよかったら、卓上のゆずこしょうをかけてみてください。うちはラーメン屋によくある黒コショウを置いてないんですよ。塩そばにはとくにコレがおすすめです」という桐林さんに従ってみた。チャーシューの上に数滴乗せてそのうち少しを混ぜて麺をチュルリとすすってみる。
うんうん、確かに柚子の香りが爽やかでいい感じだ。歯切れのいい麺とスープのバランスも良く、分厚くて食べ応えのある豚バラチャーシューとも好相性。あらやだ、すんごくおいしい!
「チャーシューは醤油とみりんのタレで味つけしているんですが、ずっとタレを継ぎ足しながら作っているのでカドが取れたまろやかさがあるんです」と桐林さん。豚の脂や旨味だけではなくて「時間と共に仕上がっている最高の調味料」と語る、唯一無二の宝物。ほほう、これは貴重なものだ。
シンプルなようだがこの塩そばは奥が深いぞ。噛み締めながらあれやこれやと気になることをメモしながら食べていたら完食してしまい、もう少しこの黄金スープを舌に浸らせておきたかったなあと小さくため息をついた。次に来るときはメモしないで五感で塩そばを味わいたい。そしたらまた新しい発見がありそうだ。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢