ベトナムにどっぷりハマった雑貨と料理
北千住駅西口から旧日光街道・千住ほんちょう商店街に入り、マンションとリサイクルショップの間の道にある黄色のイスが目印。住宅が並ぶ方向に進むと青いトタンの家が見える。これが2008年にオープンしたベトナム料理店『HANOI&HANOI』だ。
この店の主はかつて大阪のアパレル業界で働き、そののち雑貨作家として活動していた中根綾子さん。
結婚した中根さんは、旦那さんの仕事の都合で北千住へやってきた。それと同時に新婚旅行でベトナムに行ったのが運のツキ。カラフルでキュートな雑貨に魅せられたのをきっかけに、ベトナム料理のもつ五味・五彩・二香の魅力にハマってしまった。
五味とは「しょっぱい」「酸っぱい」「辛い」「甘い」「コクがある」こと。五彩は黒、赤、青(緑)、白、黄。二香とは良い香り、香ばしさを指す。これがひとつの皿の中にたくさん組み込まれているものこそが最良とされるのがベトナム料理なのだ。
「ベトナムでカワイイ雑貨をたくさん買いました。食べ物もおいしくてね。とくにバインミーがものすごくおいしかった。大阪にいるときに飲食店にも関わっていたので、どういう味の成り立ちをしているんだろうと興味がわきました。『お肉とハーブ、なます(ダイコンとニンジンの甘酢漬け)が入ってるんだ! これ作った人は天才』って思いました」。初めて食べた時の感動を、つい先ほど体験したかのように話す中根さんだ。
帰国後、気の向くまま大量に買ってきた雑貨を「『売れば?』って言われたんです。それで『あ、これを売ればまたベトナムに行ける。そうだ、雑貨を売る仕事しよう』って思ったんですよ(笑)」。そして雑貨だけではなく、バインミーとベトナムコーヒーの提供も始めたという。
店を始めることになると、バインミーのパンを試作、発酵調味料のマムも手作りで。提供するハーブも作りたくなって畑も始めたという。現地の雑貨職人のように「できるだけ手作りにこだわりたい」と中根さん。
店内のインテリアや販売されている雑貨を見ても、この店の中には中根さんの「好き」が詰まっている。料理もきっとじっくり味わいたくなるものに違いない。
フレッシュなハーブがバスケットいっぱいに提供されるランチ
ランチにはすべて、豚肉とエビの生春巻きとサラダ、副菜が2つ、ハス茶、デザートがセットになっている。さらにサービスでベトナムコーヒーもついているという太っ腹ぶり。
メインは、平たい麺・フォーと、太めのそうめんのようなブン、ご飯とパンがある。「フォーとブンは同じ米麺なんですけども、形状も作り方も違うので味もまったく違っています」という。
いろいろ食べてみたいので、スペシャルベトナムセットBの本日のバインミーとブンボーフエ2400円をオーダーした。
どのメニューにもバスケットいっぱいのハーブバスケットが付くのがこの店の名物。中根さんが「苦手なものは抜きますのでおっしゃってくださいね」というが、ぜひ全部盛りでお願いします。
ベトナム中部の都市フエで食べられるブン。初めて食べるのでどんなお味か楽しみだ。「アジア料理は化学調味料がつきものですが、私は一切使わず砂糖を入れることで回避しています」と中根さん。
日本の一般的なベトナム料理店では市販品を使われることが多いベトナム料理独特の調味料も「レモングラス、刻みニンニクを油で炒めて、エビの発酵調味料と唐辛子を入れて作っています」という本格派だ。
並行して日替わりのバインミーも調理。この日は牛すじ煮込みだ。パンに牛肉、ハーブ、なます、自家製レバーパテ、目玉焼きが挟んである。
どーんとテーブルに広がったスペシャルベトナムセットの量と鮮やかさ。どやどやっ! といわんばかりの圧倒的な絵ヂカラ。
どこから食べようかまごまごしていたら、中根さんが「ハーブバスケットから好きなハーブをちぎって、ブンやバインミーにたっぷり乗せて食べてください」といって、試しにやってみせてくれた。
ハーブ好きだからたっぷり乗せ、自家製マムトムをかけて食べてみる。
ツルッとしたブンは喉越しがよく、ライムを絞ったスープはすっきりとしながらもコクが残る。ハーブと一緒に食べるので食感と香りもいいし、甘辛く味つけた牛すじと牛すね肉はパンチがある。
「実はベトナム料理は和食と非常によく似ていて、出汁をしっかりとったスープと麺を薬味と一緒に食べて香りを楽しむというね。日本人の舌は繊細だから相性がいいと思うんですよね」と中根さんがいう通り、確かに幾重もの味の層やさまざまな食感が入り混じって楽しく、おいしい。
続いてバインミー。パリッと香ばしいパンの中には甘辛く煮た牛すじを筆頭とした具材がたっぷり。肉の旨味、甘酸っぱいなますとシャキシャキ&香りがいいハーブが絶妙にバランスをとっていておいしい。……が、結構ボリュームがあるので、半分はテイクアウトにしてもらった。
そのほか、直火で皮を焼いた焼きナスはとろ〜りとしていたし、お肉みたいでボリューミーだった厚揚げ、豚の焼き肉と野菜&ハーブをたっぷり包んだ生春巻き、シャクシャクとしたスナップエンドウのサラダもひとつずつ丁寧な仕事ぶりがうかがえる。ハス茶やベトナムコーヒーを飲みながら、最後のデザートいちごのチェーに手をつけた。
「あとプリンとかね、デザートもいろいろあるんですよ」と、持ってきてくれたのがバインフラン500円。
ベトナムコーヒーとともに卵と牛乳、砂糖で作った固めのプリンを食べる。ベトナムコーヒーが濃いせいもあるのだろうが、カラメルソースが役割を十分に果たしている。これもアリだな。
カラフルでどこか懐かしい雰囲気をもつベトナム雑貨たち
店内には中根さんが集めた雑貨が陳列されている。そうだ、そもそも中根さんは雑貨店をはじめたんだっけ。
「ベトナム雑貨は安くて買いやすいことも魅力なんだけど、刺繍やビーズなどが手作業なことに感心したんですよ。緻密で繊細なものが非常に手頃な価格で買えるというね。細かい刺繍は大変なのに、向こうの方はスケッチもなしにどんどん針を打っていく。本当に素晴らしいですよ」と、中根さんはベトナムの職人たちのすべてにリスペクトを持っている。
中根さんがベトナム料理をイチから作ることにこだわるのには、そういう想いや憧れもあるのかもしれないと思った。ポップな配色のカゴバッグ、味わいのある陶器に憂いある瞳で見つめてくるフィギュアなどのチョイスから、中根イズムを感じる。この店全体がまるで中根さんの頭の中みたいで面白い。隅々まで見られなかったから、今度店に来るときはまた違う魅力が見つかりそうだ。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢