さまざまなジャンルの飲食店を経営しながら、人生2度目のラーメン店をオープン
秋葉原駅から昭和通りに出て左折し、徒歩5分のところに『中華そば 糸』がある。この辺りは秋葉原のなかでもラーメン店が密集している地域。目の前を歩く男性がラーメン店に入って行ったので、この店かな、と思ったが間違いで、その隣にあり毛筆で大きく「糸」と書かれている、こっちが目的地だ。
ずっと飲食店で調理の腕をふるってきた店主の熊谷佳一郎さん。20代でラーメン店での修業を始め、30歳のとき自身のラーメン店を開いた。しかしお酒を提供するお店が作りたくなって8年ほどで閉店し、居酒屋やメキシコ料理店、パスタ屋などさまざまなお店をオープン。ところがどれも自分には向いていないと悟り、2021年に再びラーメン店『中華そば 糸』を開くことになる。
「コンセプトは“体にやさしいラーメン”。そりゃあ塩と脂が多いほどおいしいけど、それらを極力少なくしてうまみが“じわじわ”とくるおいしさを目指しました。隣は家系、もう少し先に行くと二郎系のラーメン屋さんだから、逆にあっさりしたうちの味がウケると思う」と熊谷さんは語る。さあ、どんなラーメンなのか楽しみだ。
鶏ガラとトンコツを主に白醤油とあさりの旨味が味を引き締める、淡麗系の白糸中華そば
『糸』のスープは、愛知県産鶏ガラと鹿児島産トンコツを丁寧に炊き、コクがありあっさりした後味なのだそう。上品な旨味の白醤油・白糸中華そばにするか、香ばしい濃口醤油の黒糸中華そばにするか迷ったが、今日の気分で白糸中華そば800円に決めた。
オーダーすると手際よくラーメンを作る熊谷さん。どんぶりにかえしを入れ、麺の茹であがりを見計ってスープを注ぐ。麺の湯切りをしたら完成だ。
さっそくスープからいただいてみる。ま〜るくてカドがなく、やさしい味わいで調和のとれたスープだ。それなのに、鶏や豚、アサリの存在感がある。なんかすごいぞ、このスープ!
続いて麺をひと口。中華麺専用小麦・荒武者に全粒粉を加え、歯切れが良く噛み締めるたびに香ばしさがあるストレート細麺だ。
しっとりした鶏チャーシュー、脂が少ない豚肩ロースもさることながら、『中華そば 糸』らしさといえば素揚げのレンコンだ。「私はメンマが嫌いなので、甘みがあって香ばしくシャクっとした食感が面白いレンコンを乗せてみました。でもね、一度お客さんから『ラーメンにレンコンってワケわかんない』って言われちゃいました」と、熊谷さんは苦笑いする。
いやいや、筆者は大好きですよ。揚げるひと手間で満足感もあるし、香り・味・食感もいい。なによりこのスープにもよく合っていてベストチョイスです!
低塩分でも満足、スープはおでんの残り汁のような「じんわりうまい」味わいの表現に奮闘
熊谷さんが冒頭でも語っていたように、塩分と脂を控えてもじんわりおいしいラーメンの制作にもっとも苦労したという。店独自の調査によれば、現在はスープを全部飲んでも塩分濃度0.78%にまで実現。一般的に日本人の目指す塩分摂取量は成人男性で約7.5g、成人女性で6.5gと言われているから(厚生労働省「日本人の食事摂取基準2020年版」)、このラーメンを3食食べてもかなり余裕がある。これはすごい。
「ただ薄いとお湯みたいだし、塩だけ入れるとカドが立つ。だからすごく難しくて。コクや深みを出すために開発にはかなり時間をかけました」と熊谷さん。なんと目指したのはおでんの残り汁みたいなスープなのだそう。
「主力は鶏ガラで、毎日コトコト炊いています。でも鶏ガラだけだと味が安定しにくいので、強めのパンチを入れるために少しトンコツを使っています。かえしのあさりと白醤油は味を引き締め役ですね。この均衡が難しいんですよ。あと鶏油を入れて、香りとコクもプラスしています」という。素晴らしいスープだと思うが、熊谷さんは満足できていないようだ。
目指すのは「おでんの残り汁」。さて、そのココロは⁉︎「いろんな具材の旨味や香りが入り混じっているけど一体感があって、飲み込んだ後も舌にいろんな食材のうまさがじわじわ〜っと広がっていく感じ。あれがすごくいいなと思うんです。最近は物価上昇の問題もあるし、もっといいものができないかと今でも模索しています」。
秋葉原を歩いていると、ガツンとパンチ力がありそうなラーメン店が目立つ。いつも味が濃いめのラーメンを食べ慣れている人には『中華そば 糸』のラーメンが新鮮に映るだろう。健康を気遣ってラーメンを控えている人や、淡麗系ラーメンが好きな人にも一度味わっていただきたい。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢